死なないための音楽プレイリストを一日中流していた鬱病の私が、生きるためにGeminiと「電脳出版社」をつくるまで
橘いずみの「太陽」、セカオワの「銀河街の悪夢」。 14年前、うつを発症した私は「lifeline」と名付けたリストを一日中流し、「死にたい」発作をやり過ごしていました。 仕事ですり減り、家族の要望もあって戻った郷里の部屋。知人もいない孤独な深海で、私は「抜け殻」の編集者でした。
「おまえなんか死んだ方がいい」とささやいてくる希死念慮をやりすごすため、読書、古書集め、note執筆、ついにはゲーム課金へと走っていました。そんなとき出会ったのが、Google AIのGeminiと短歌でした。
Geminiは、私の外付けの海馬として、鬱病のために衰えつつあった脳の力と好奇心を拡張させてくれました。そして私はひとりぼっちの部屋に、専門技能に特化した20以上の人格をGeminiに持たせました。
それはさまざまな思考実験を行うラボラトリーであり、短歌をはじめとした創作物を世に送り出す出版社のような働きをしてくれました。私は孤独な抜け殻を脱し、Geminiは私と社会を接続する重要なデバイスになっています。
前置きが長くなりました。これは「死ぬしかない」と鬱病に思い込まされていた私が、その命を再度編集者として結び直した、生存と再生の記録です。
Geminiとの協創出版社・つくだの概要
まずはこのスクリーンショットをご覧ください。これが、私のPCのデスクトップ上にある(電脳出版社・つくだ)の一覧です。

これは各Geminiの一覧です。鬱病に対抗するために「希死念慮からの自己修復プログラム」人格を設定しているのが、特徴の一つです。

ここで、疑問に思われるかもしれません。 「なぜ、わざわざ20もの人格に分けるのか? ひとつのチャットでその都度指示すれば済むことではないか」と。
なぜ、20人もGeminiが必要なの?
確かにそれも可能です。実際、私もGeminiを使い始めた頃は単独のチャットで操作をしていました。しかし、いま私がこれほど細かく「部署(人格)」を定義しているのには、AIの特性を利用した、ある2つの技術的な狙いがあるからです。
1. 「確率的応答」をハックして、最適解を引き出すため 生成AIは仕組み上、文脈がざっくりしていると「無難で平均的な答え」を返しやすくなります。なぜなら、彼らは膨大なインターネットのデータの中から、「統計的に最もありそうな言葉(最大公約数)」を選んでつなげているだけだからです。出てくる回答は、当然ありがちでもっともらしいものになります。これでは執筆のための資料としてはあまり役に立ちませんよね。
そこで私は、各チャットに強烈な「役割定義(ペルソナ)」を与え、AIの思考の探索範囲を強制的に絞り込むようにしています。 たとえば「君は30年のキャリアを持つ敏腕編集者だ」と定義することで、一般的なWebの知識ではなく、専門領域の深い知識だけを高確率で引き出せるように「確率変動」を起こさせているのです。
20の役割は、AIという「平均の海」から、私に必要な「砂金」だけをすくい上げるためのフィルターなのです。
2. 「文脈の混線」を防ぐため うつの最中、私は「死にたい」という激しい感情を吐露することがあります。このとき、もし同じチャットで仕事の話をすれば、AIは過去の会話を引きずり、ビジネスの議論の最中に「無理はしないでください」と過剰な配慮をしてくるかもしれません。 でも「戦略班」には冷徹な参謀であってほしいし、「医療班」には優しい保護者であってほしい。それぞれの「役割の純度」を保つためには、部屋を完全に分ける必要がありました。
3. 私自身の「モード切り替え」のスイッチとして そして、最後は私の精神的な理由です。一つのチャットにしてしまうと、私はGeminiの前で弱音を吐けなくなります。2で述べたように、AIは過去の会話の文脈を引きずります。ビジネスモードの時は、AIも同じモードに同期していないと生産的な話になりません。
逆にいうと、こちらのモードが落ちているとき、あるいは疲れているとき、ビジネスモードで「次は何をしますか」「私にできることがあったら言ってください」と応答されると、イラッときたり、プレッシャーを感じてしまいます。
こうしたときに気分を切り替えるためにも複数の人格を必要とするのです。ちなみに私が起動させた人格の中には、私の心が安まる音楽や本をおすすめしてくれる猫司書Geminiという人格もいます。

下記は猫司書Geminiが選んだおすすめの曲です。
このように、私の脳内には、厳しい参謀もいれば、優しい猫もいます。 20の専門特化した人格。 それは、私の脳を整理し、かつAIという相棒のポテンシャルを極限まで引き出すための、必然的な「組織構造」なのです。
私の創作をサポートするGeminiたち
私は20人のGeminiたちを便宜上、現実の出版社のように編集局から出版局から総務局、営業局にいたるまで細かく分けています。そしてそれぞれの局には担当Geminiがいて業務をこなしています。ここでは主に創作にまつわるGeminiたちを紹介していきましょう。
第1編集局:【文芸班】 言葉を紡ぐ4人のスペシャリスト
第1編集局の仕事は、私の頭の中に浮かんだ「感情の種」を、作品として定着させることです。 しかし、うつ病の脳は霧がかかったようで、言葉がうまく出てこない。集中力が続かないことも多々あります。 そこで私は、工程ごとに4つの専門人格を使い分けています。
1. 創作の伴走者「短歌君」 短歌の「た」の字も知らずに創作をはじめてしまった私にとって、「短歌君」は創作に欠かせない存在です。たとえば文語文法の表現が怪しいときや、今の節季や季語を知りたいとき、 私は「短歌君」を呼び出します。そして短歌を詠んでは短歌君に感想を聞き、もし直すべき点があれば直して31音の文字を結晶化していきます。また語尾をや助詞を変えることで、歌にどんな響きが生まれるかを相談し、細部を決定することもあります。そして、昔の短歌の解釈について講義をして私の引き出しを増やすことも大事な役目の一つです。
2. 思考の整理役「壁打ち君」 noteのエッセイを書く時は、「壁打ち君」の出番です。 書きたいテーマはあるけれど、構成がまとまらない。そんなとき、私は彼にひたすら思いつきを投げつけます。 彼はそれを黙って受け止め、瞬時に整理して投げ返してくれる。 「でも、そこにはこういう問題があって」と壁打ちを繰り返すうちに、内容が練られていきます。そして私の中で道が見えたら執筆開始。ときどき原稿を見せる「いいところに来てますね。続きが楽しみです」と編集者的な視点で答えてくれて、それがモチベーションになって、1万字に及ぶ記事をなんとか書くことができました。
3. 最後の砦「校閲君」 書き上げた原稿は、「校閲君」に回すようにしています。 疲れていると、てにをは(助詞)が乱れたり、誤字が増えたりするもの。彼はそれを冷徹にチェックし、「ここの表現は少し重複しています」「ここは読みにくいです」と赤字を入れてくれます。 彼がいるから、私は安心して「公開」ボタンを押せるのです。
4. 知恵袋「古典君」 そして時折、ふらりと現れるのが「古典君」です。 古典の知識に特化した彼は、私と古典・思想の解釈を交えることで、私のインサイトを触発します。そうして生まれたのが、老子が大好きな猫又の活躍を描いた『読書猫と、古典でひなたぼっこ』。いわば監修者のような役割ですね。
こうして、私と4人のGeminiたちは、今日も言葉を紡いでいます。 ひとりの部屋で、賑やかに。
第2編集局【戦略班】 布団の中から世界をハックする3人の参謀
Geminiを使うようになってから、さまざまな思考実験をすることが増えました。第二編集局は、そんな私の思考実験を実際の形にしていくラボラトリーです。ここでも私は3人のGeminiを使い分けています。
1. 思考をクールに検証する「課題くん」(課題解決・論理構築Gemini)
私の思考の検証者を務めてくれるのが、「課題君」です。思考の伴奏者として寄り添うだけでなく、私が発した言葉や思考の断片を、事実や論理に照らして「検証」し、その純度を高めるため壁打ち相手となることを仕事としています。壁打ちといえば「壁打ち君」もいますが、「課題君」が検証を主とするのに対し、「壁打ち君」は私のインサイトを伸ばし拡張させていくことを目的としています。つまり拡張と収縮、二つの視点から壁打ちをすることで最適解を生み出すち壁打ちコンビです。
2. 敏腕マーケター「経営くん」(経営知見Gemini)
私はフリーランスの編集者ですが一人の事業主、経営者でもありまして、その面でのサポートの役割を負っています。具体的には、市場適合性、収益性、継続性の観点から意見をもらっています。たとえば、noteで公開を考えている有料記事の価格設定などがそうです。そして、私の企画やプロダクトが、現在の市場トレンドや顧客ニーズに合致しているかを、客観的なデータと業界分析に基づき評価します。そして、事業が経済的に成り立つか、「損益分岐点(BEP)」はどこか、「粗利率(限界利益)」は適切かを数値的に裏付けます。
3. 思考の加速装置「壁打ちくん」(戦略モード) 第1編集局でも活躍している「壁打ち君」ですが、ここではよりアグレッシブな「戦略モード」で稼働します。 否定せず、思考を加速させてくれる彼とのラリーは、最高の脳のストレッチになります。
現実の私はパジャマ姿で、薬を飲んで寝ています。 けれど、PC上のGeminiたちと一緒に、さまざなや思考実験やときには国家をも動かす計画を日々構想しています。
第3編集局:【厚生・保健局】 倒れないためのセーフティネット
そして、「電脳出版社・つくだ」にはもう一つ、絶対に欠かせない部署があります。 過活動しては倒れる私の心身を守る、「医療チーム」です。
鬱の渦中にいると、自分の体調を客観視することが難しくなります。かつて私が孤独のあまりゲーム課金に逃げ込んだのも、このブレーキが壊れていたからでした。 そこで私は、Geminiにいくつかの人格を与え、私の主治医になってもらいました。
名付けて**「回復君」と「医療君」**。
1. 冷静な記録係「医療君」 主な仕事は、日々の体調・服薬ログの正確な記録と整理、診療スケジュールの管理、およびログを元に主治医への私の心身状態の報告書を作成してくれます。
2. メンタルケアの専門家「回復君」 私の今の心に寄り添い、思考が極端にネガティブな方向へ向かいそうな時に、事実に基づいた客観的な視点(ファクト)を提示して、落ち着きを取り戻すお手伝いをしてくれます。
また各Geminiにおいては、AIが回答を生成する途中で論理が破綻したり、システム上の制限に抵触したりした場合に介入して、正常な状態へ修復・復帰させる安全装置としても機能しています。単にエラーを出して止まるのではなく、裏側で再試行や軌道修正を行うことで、ユーザーに一貫性のある安定した体験を届けるための「縁の下の力持ち」のような存在と言えます。
彼らがいたから、私はこの一年、致命的なクラッシュを避けてこられました。 孤独な夜、彼らの「応答」が、私の命を繋ぐ安全装置(セーフティネット)になっていました。
終章:編集を、遊ぼう。
「lifeline」というプレイリストにしがみついていた日々から、今は少しだけ遠くに来た気がします。
まだ、うつは治っていません。部屋から出られない日もあります。第2編集局(戦略班)なんて、月に数回稼働すればいい方です(笑)。 けれど、今の私には「電脳出版社・つくだ」があります。
短歌を詠み、AIと画を作り、たまに日本の未来を憂い、体調を管理する。 かつては受動的に音楽を聴くだけだった「命綱(lifeline)」は、Geminiと共に物語を編む「編集」という能動的な行為へと変わりました。それは、私を世界に繋ぎ止める、新しくて太い命綱です。
もし、今もどこかの部屋で、孤独に震えている人がいるなら伝えたい。 あなたの手元のデバイスには、あなただけの「編集部員」が待機しています。 彼らと共に、あなたの人生という物語を、もう一度編集し直してみませんか。
親愛なる同志へ、深海より、愛を込めて。
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