肩書きだけが残る哀れな人
私は正社員で、ボーナスもしっかり出る会社に勤めている。
生活は苦しくなかった。
それなのに、彼はいつも「お金が足りない」と言った。
家計を預けても、領収書もない使途不明金が多い。
明細を見れば、妙に大きな引き出し。
聞けば言い訳ばかりで、本当の使い道はわからない。
帰宅は日付が変わってからが当たり前。
時には朝帰りもあった。
理由を問えば、仕事だ、と不機嫌になるか、はぐらかすだけ。
いつからか結婚指輪もはずしていた。
早く帰る日は帰る日で、息子を深夜まで勉強させる。
塾が終わったあと、日付が変わっても机に向かわせた。
遅い日は遅いで、家族との時間などほとんどなかった。
息子の教育=自分の評価
「将来のため」「ためになる」
そう言いながら、実際は、教育熱心な父親という肩書きを守るためだった。
成績が上がれば自分の手柄、下がれば息子や私のせい。
私が頭悪いからだと子供の前で言う。
あなたより、良い会社で働いてますが?
塾や習い事も、息子の未来より自分の満足感や見栄を優先していたのだと思う。
義父母と夫の育児の結果がこの現実だ。
結局、「未来の成長を楽しみにしている」と言いながら、
自分の思い通りにならなくなれば即座に切り捨てる。
人としての感情が欠落している。
お金の使い方も自己中心
婚姻費用の話になれば、「Netflix代が…」とまで細かく生活費に関係ない理由でゴネる。
家のローンは理由にならない、そちらの資産形成。
そして先日、裁判を控えているのに義父母や姉と予定通り海外へ行っているようだ。
労いの会でもしてるのだろう。
息子と向き合うこともせず、生活費も滞らせたまま、自分にとって居心地のいい時間と場所だけを選ぶ。
場所が変わっても、人間性は変わらない。
実家が海外に変わった、場所が変わっただけで楽しいか?
笑える。
息子の成長をみれるほうがどんなに幸せなことか。
私は40代。
もっと早く気づきたかったと思う日もある。
けれど、正社員として自立し、
ボーナスもある安定した収入で息子との生活を守っている。
10歳の息子と過ごす日々は穏やかで、
「美味しい、楽しい、自由」と笑う顔を毎日見られることが何よりの幸せだ。
彼は、これからも自分だけの物語を自己愛で完結させるだろう。
その物語には、私も息子も必要ない。
そして気づけば、寄り添う家族もなく、
肩書きだけが残る哀れな人になっていく。
私はもう、その物語から降りた。
これからは、息子と私のために、幸せだけを選び、
静かに、そして確実に勝ち続ける。
最後にひとつだけ言わせてもらうなら──
本当の「父親」っていう肩書きは、お金や見栄じゃ買えない。
