【ショート】 鍵を落とした日
―― short story ――
――エミリアが笑った。
「あ……」
気づいた時には、もう遅い。
バッグをひっくり返し、
布袋の中身を床に落とす。
ポケットを探り、机の引き出しの中の物も全部引っ張り出した。
――ない
――どこにも。
「……ない」
僕は振り返って、エミリアの両肩を握った。
「どこ?」
「さぁ?」
「……」
力なく、崩れ落ちる。
エミリアを見ると、まだ、笑っている。
エミリアは窓際を眺め始めた。
――外か!
僕は急いで、バッグの中身を詰め直し、
水筒を持つと扉を開け放った。
涼やかな風が、肌に触れた。
そのまま、飛び出そうとして、
止まる。
振り返って、エミリアを見つめる。
「……ヒント!」
「……さぁ?」
そう笑いながらも、窓の先を指さす。
「あっちだね!行ってきます。」
僕は扉も閉めないで、飛び出す。
エミリアが静かに家の戸を閉じた。
……やばい、まずいぞ。
親方から預かった鍵がなかった。
地面に目を凝らしながら、少し、スピードを落として走る。
一体、どこに落としたというのか。
冷や汗を流しながら、作業場に戻る。
扉の前まできて、ピタッと足を止めると、裏口の窓に回る。
中の様子を見ると、みんな手を動かしている。
親方は奥に座っていた。
壁に引っ掛けている鍵は、ないままだった。
誰かが拾ってくれていたら、かかっている筈だった。
……どうしたもんかな。
今日は、僕が家で作業をする日だった。
……失くしたなんて言ったら。
汗が止まらない。
踵を返し、歩いていたところを、今度はゆっくりと探した。
夕刻――
肩を落として帰った。
「……ただいま」
――エミリアはまだ笑っている。
ため息が出る。
椅子にどさっと座ると、
目の前にエミリアのお手製の野菜スープが出てくる。
横に香ばしい香りのした温かなパンが置かれ、
僕のお腹が素直に返事をする。
「いただきます!」
手を合わせ、とにかく頬張った。
「……エミリア、今日も美味しいよ。」
エミリアは笑っている。
夕飯を平らげると、また、気分が沈む。
外はすっかり暗くなっていた。
……まいったな。
もう、作業をしなくちゃいけないのに。
僕は、もう一度、窓から外を見る。
月明かりの下で、森の風景が姿を変えていく。
その時、エミリアの手が外を指した。
――笑っていない。
僕は、外へ飛び出す。
エミリアの手の先は、小川の方だった。
そういえば、作業場の帰りに、小川で手を洗った。
僕は、走る。
見ると、川の手前で何かが光る。
「あった!」
僕は嬉しさのあまり叫んでしまう。
手を洗って、そのまま置いてきてしまったんだ。
……まったく、僕ってやつは。
鍵を拾って、家に戻る。エミリアは食器を片付けている。
「エミリアあったよ!」
嬉しくて、エミリアを後ろから抱きしめる。
エミリアは笑っていなかった。
僕はエミリアをソファに座らせると、彼女の腕に鍵を差す。
かちりとハマる。
小さな駆動音。
ダイヤルを回す。
いつもより、少しだけ慎重に。
エミリアの目は、動かない。
僕は、工具箱を引き寄せる。
カバーを外すと、細い配線がのぞく。
一度、入れ替わったまま。
戻せばいいだけなのに、
うまくいかない。
ダイヤルをもう一度回す。
また、小さな駆動音。
――よし。
「……エミリア」
エミリアは笑わない。
僕は、腕から鍵を抜く。
いつか、きっと。
――エミリアと一緒に、笑うんだ。
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