見出し画像

【ショート】 雨の中の声

―― short story ――

どしゃぶりだった。
布袋を頭に乗せて、ぬかるみの中を走る。
昨日、隣町で新調した革靴はもう重たくなっていた。
強い風で木々が擦れ合う音も、
暗い雲から落ちる痛いくらいの雨の音で、全く聞こえない。
……数分前までは、太陽が見えていたのに。
ふと、足をスライドさせて止まる。
泥水が顔に撥ねた。
……ついてない。
森の合間から、狼に羽をつけたような魔物が現れる。
すかさず森の木の影に走ったが……気付かれた。
腰に触れると、木の幹の窪みに足をかけ、飛ぶ。
木の枝を反対の手で掴むと、勢いのまま回転し、枝の上に乗る。
衝撃が木を揺らす。
息を吐く。
そのまま魔物の上に飛び降り、剣を振り下ろした。
鈍い音。
飛び散る飛沫。

断末魔が森にこだまする。

スッと剣を引き抜くと、巨体が倒れる。
黒い血がべっとりと剣についたのを見て、振り払う。
返り血が、肌に気持ち悪い。
雨が流してくれるのを期待して、布袋を持ち直し踵を返す。
……まだ、いるな。
走りながらも、心でため息をつく。
仲間がやられてお怒りのようだ。
思い直し、布袋から布地を出して、剣を吹くと鞘に収める。
走り出すと、背後に複数の魔物の気配。
そして……
なんだろう。
何か、感じたことのない気配がした。

――こっち。

「……?」

周囲を見渡す。

何もない。

足は止めない。走り続ける。
魔物の気配が強くなる。
勢いをつけ、上空へ飛ぶ。
三匹いる。
雨のせいで、赤い瞳が爛爛と光る様しか見えない。

――こっち……

先ほどよりも鮮明に聞こえる。
地に降りると、魔物たちに背を向ける。
気配が背後に生まれる。

口で呪文を詠唱する。
途端に地が揺れた。

響いたのは、魔物たちの悲鳴。
地面が崩れ、鋭い刃が魔物たちを串刺しにする。
気配が消えると、そのまま歩く。

木々の隙間を進み、草を踏む。
視界が悪い。
次第に、開けた場所に出た。

中心に切り株と……
切り株の後ろに、小さな少女が隠れていた。

「……呼んだのは、あなた?」

声を掛けると、体を震わせ、ゆっくりと仰ぎ見る。

「お姉ちゃん、だれ?」

「あなたが呼んだんじゃないの」

「私が呼んだのは……」

その時、地が揺れた。
……長い。
立っていられず膝をつく。女の子は切り株にしがみついていた。
地の底が変形し、次第に巨大な土の塊になっていく。

「……げ」

思わず、低い声が出る。
アンデットの竜だった。
嫌な匂いが広がり、布で鼻を覆う。
ふと、震える女の子を見る。
この子は切り株から動けないような気がした。
私は前に出ると、素早く剣を取り出し、剣の刃先に手をおいた。
肌がビリビリと痛い。
息を吐く。
刃先から指先まで青白い光が生まれる。
アンデットの竜が後ずさる。

「お姉ちゃん……」

呟く声を耳にしながら、竜の右側へ素早く走り、翼を切り付ける。
鼓膜が破れそうな悲鳴が響き渡る。
思わず耳を塞ぎたくなるのを我慢して、上空へ飛ぶ。
地響きがついてくる。
唸る尻尾が私を目掛け飛んできて、避けきれずに腕を掠めた。
焼けるような痛みに眉を寄せる。
一度、地に戻る。
そのまま走り、尻尾を切ると、壊れたような咆哮が広がる。
翼が前方へ押し出されると、強い風に吹き飛ばされそうになる。
……鼻がもげそう。
もはや布が効果を果たさない。
終わりにしたい。
私は、剣に集中する。
詠唱しながら竜へと駆け走る。

「はっ!」

剣と青白い光を横に一閃させる。
竜が歪み、横倒れになると地響きが起こる。
そして、光に包まれると、中心から浄化されて消えていく。
膝の力が抜けると、今更ながら吐き気に襲われる。
伝う汗ごと布で顔を覆う。

「……う」

気持ちの悪さと戦っていると、後ろに小さな気配が近づく。
振り返りたいが、それどころじゃない。

「……お姉ちゃん、聖女様だったんだね……」

心底心外そうな声は聞き慣れたものだった。
私は地面に腰を下ろすと、大きく息を吸った。
辺りから腐臭が消えたお陰で、少し楽になる。

「こんな血まみれの聖女様って初めて見たから」

随分とはっきりものを言う。
……まぁ、いいけど。

「助かったわ」

急に大人びた声がして、振り返る。
女の子は、いつの間にかとんでもない美女になっていた。

「困ってたのよ。あの竜の魔物は森を腐らせるから……」

憂いを帯びた瞳が私を見る。
私の額に、彼女の中指が触れた。
途端に体から不快なものが全て消えた。
雨で湿った服、こびりついた魔物の血、止まない雨も弾いているようだ。

「……これはいい」

呟きに、笑われる。

「ついでに浄化してくれない?」

指の先を見ると、切り株だった。
……そういうことね。
合点がいくと、剣を地に差し、柄を握り締めた。
膝を地につき、目を閉じる。
息を吐くと――祈った。

どうか、この地に安らぎを。

青白い光は切り株を中心に周囲へ広がる。
次に目を開けると、巨大な木が聳え立っていた。
……でか。

「あぁ、うれしいこと」

彼女が舞い踊り、木の幹に抱きつく。
頭上だけ、雨が止んでいた。
差し込んだ光に、
濡れた葉がきらきらと揺れる。

「ありがとう、聖女様」

視線を戻すと、
そこにはもう、誰もいなかった。


いいなと思ったら応援しよう!

COBITo|物語を書く人 【森で迷子率120%🌳】 この物語を楽しんでいただけたら、そっと応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは、物語を続けていく力に使わせていただきます。