【ショート】 城壁の花冠
―― short story ―—
――彼女は、作った花冠を城壁の上から捨てた。
私は、その姿を呆然と見つめていた。
あの、花冠は彼女にねだられ、
先ほど、私が作ったものだった。
それは、たった、数時間前の出来事。
夢のような時間だったのだ。
私には、過ぎた存在の彼女からの願い。
彼女にとっては、ただの暇つぶしだったに違いない。
それでも良かった。
……良かったんだ。
彼は、任務の休憩中に、
たくさんの女性に囲まれていた。
少し、迷惑そうに眉根を寄せて。
ただ、何も言わずに静かに耐えているようにも見えた。
美しい女性たちには興味がないのだろうか。
どんな女性が好みなのだろうか。
好きなものは何か。
城の部屋の窓辺から、
庭園にいる帝国一の騎士を眺める。
ふと、彼はどんな女性と結婚するのかと考えてしまった。
途端に胸が締め付けられ、
目頭が熱くなる。
頭を振って立ち上がると、
後ろに控えている次女に命じた。
「庭へ」
私は一人で出歩くことが、許されない。
次女を連れて庭に出ると、全員が私にひれ伏した。
「ついてきなさい」
姫として騎士へ告げる。
平静を装いながらも、心臓は張り裂けそうだった。
踵を返すと、
力強い返事が聞こえ、
騎士は私の後ろから、ついてくる。
ガゼボに到着すると、
辺りの甘い花の香りに一息つく。
そして、振り向いた。
彼の逞しい姿を見て、胸が打たれる。
「花冠をつくって」
彼の表情が驚いたように変わった。
「わたくしに。」
そういうと、彼は素早く口を押さえた。
彼らしからぬ様子に思えたが、
すぐに、
「仰せのままに」と言って、
少し離れた場所の野花を摘み取り始めた。
そして、花を編みはじめる。
慣れていないのは一目瞭然だった。
焦った様子を見せながらも、
彼は少しづつ形にしていった。
私はそれを眺めているだけで、
もう、ここで息が止まってもいい、そう思った。
時間はゆっくりと過ぎていった。
でも、
彼が完成した色とりどりの花冠を、
「失礼致します」と言って、
私に差し出すと、
——時はまた過ぎていった。
受け取った花冠を頭にのせると、
彼は眩しそうに私を見た気がした。
「どうかしら?」
「お美しいです。」
私は、初めて彼の幼い表情を見た気がした。
それは、自室に戻る途中だった。
「ねぇ、お聞きになりました?」
世間話の好きな貴族が多すぎる。
「レクター卿がお付き合いされている令嬢の話。」
足が独りでに止まった。
「え、嘘でしょう。硬派な方で婚姻をお断りしているって聞いてるわよ。」
「その令嬢のためよ。なんでも、実は隣国の姫なのだそうよ。
仲睦まじい姿を目撃している人がいらっしゃるのよ。」
「ちょっと、誰から聞いたの?」
「アンティシナーメ様よ。」
「第一王女様のお茶会に行ったの?」
「えぇ。お誘いがあったのよ!美しかったわぁ。」
「……第二王女様のご不興を買うんじゃ。」
「王位を継ぐのは第一王女様でしょ。
それに……影の薄い方じゃない、第二王女様は。」
くすくす笑う声が響く。
嘲笑よりも、話の真意の方が気になった。
心はもう、すっかり冷えてしまった。
その足で、城壁の階段を登る。
次女は静かについてきた。
そして、真っ青に広がる空を見た。
城壁に一歩踏み出し、
花冠を、空へ落とした——。
下に落ちると、
——砕け散った。
静かに考えていると、
花冠に駆け寄る騎士。
私は驚いて、一歩下がった。
彼は一生懸命に花を拾い集めた。
まるで、一つも取りこぼさないように。
そして、ゆっくりと私を見上げた。
——なぜ……?
『涙が止まらなかった。』
——生まれて初めて泣いた。
そのことに気づくことさえ、すぐにできなかった。
こんなに傷ついたのは初めてだった。
母を失った時も、
初めて仲間に裏切られた時も、
涙など出なかった。
花冠が壊れたことが、こんなにも胸を苦しめる。
彼女のために、騎士になった。
初めて見た時に、自分が生きる意味は、
彼女を主にすることだと信じた。
——あなたの為なら、命など惜しくないのに。
上を見上げると、彼女の姿はなかった。
ゆっくりと立ち上がると、
花冠の残骸を、胸に抱えた——。
いいなと思ったら応援しよう!
この物語を楽しんでいただけたら、そっと応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは、物語を続けていく力に使わせていただきます。