【ショート】 風を売る店
―― short story ―—
――幸せな人生だった。
町で唯一の本屋の娘に生まれ、
隣町の商人の息子に見初められて結婚した。
優しい夫と二人の息子に恵まれ、
今年八十を迎えた。
町はいつものように、穏やかだった。
八百屋でりんごを一つ買い、
家族と食べようと、
バッグに入れる。
長距離は難しいが、
杖をついて、いつもの散歩コースをゆったりと歩く。
ここのところ、
ふらつくことが増えた。
少しくらいは足腰を鍛えて、
家族に面倒をかけないように過ごしたかった。
レンガの道を歩いていると、
すぐ家の裏側に、
見慣れない店があった。
……おや?
進路を変えて、裏路地へ向かう。
そこには、確かに店の看板が出ていた。
でも、なんと書いてあるのか読めなかった。
昼間であっても暗い路地に、煌々と光る灯り。
店のノブに手をかけ開くと、
ぶわっと風が吹いた。
「いらっしゃいませ。」
そこには、笑顔を浮かべた二十代くらいの青年が立っていた。
エプロンをつけ、短い黒髪がサラサラと揺れている。
青年から視線を移して、店内を見ると、
幾つものガラスドームの中で光が輝いている。
光は何色もあり、種類がたくさんあって、
まるで虹色のように見えた。
「……まぁ、綺麗だね」
キョロキョロと辺りを見渡す。
「ありがとうございます。
当店で自慢の風たちです。」
「……風?」
目を丸くして、青年を見る。
青年はニコッと笑って、
「はい、当店では風を取り扱っております。
こちらは、東北の国から取り寄せた強さの風、
こちらは南から取り寄せた優しさの風、
こちらは、東南から取り寄せた記憶の風にございます。」
目の前にある風の紹介をしてくれる。
思わず「はぁ」と言って、
ふと、気になる風を見つけた。
琥珀色に輝き、綺麗なハチミツが渦を巻いているように見えた。
気に入って眺めていると、
「そちらになさいますか?」
と青年から声がかかる。
「……あ、綺麗だと思って見ていたのよ。」
「承知いたしました。」
青年は問答無用で、ガラスドームに手をかけた。
「ごめんなさい。値段も聞いてないし、買うと決めたわけじゃないのよ。」
青年はニコッと笑うと、
「お客様、ご安心下さい。この店は対価は必要ないのです。
……ここには、必要なお客様しかご来店されませんので。」
そして、パカっとガラスドームを持ち上げる。
ぶわっと強い風が吹いたと思ったら、
琥珀色の風に体を包まれる。
そして、体がふわっと軽くなり、世界が広がった気がした。
「こちらの風は、西南より取り寄せた時間の風にございます。」
ガラスドームの中が空っぽになっている。
青年は私を奥に案内し、
姿見を私の方へ傾けた。
全身が映る。
そこには、十代後半の少女が立っていた。
そして、記憶が走馬灯のように思い返された。
――私は幸せな人生だった……?
ふと、少女の胸の奥で、
何かが軋むように痛んだ。
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