【ショート】 風を知る者
―― short story ―—
シルビアは美しい少女だった。
微笑みは薔薇のように華やかで、
目を伏せると、長い睫毛が静かに揺れる。
波打つ銀髪は小さな顔を包み、
小柄でありながら、豊かな曲線を隠しきれない体躯をしていた。
榛色の瞳は、何を映しているのか、
どこか遠くを見ているようにも見える。
淡い色合いのドレスを着こなし、
彼女は淑やかに紅茶を飲む。
誰もが、
「美しい令嬢だ」と口を揃えた。
だが、
彼女に話しかける者は、
誰一人としていなかった。
それは、
彼女が近寄りがたいからではない。
むしろ逆だった。
あまりに整いすぎていて、
どこに触れていいのか、
誰にも分からなかったのだ。
シルビアは、
そのことをよく知っていた。
視線が集まることと、
声が届くことは、
まったく別だということを。
紅茶の香りが、
一瞬、記憶を連れてくる。
風。
馬車。
質素な服。
肩まで切った髪。
彼女は、それらを思い出すことがある。
だが、懐かしむことはなかった。
あの頃の自分は、
「見られる」ことよりも、
「歩く」ことを選んでいた。
今の自分は、
歩かずとも、
ここに在る。
それだけだ。
テーブルの向こうで、
誰かが、
彼女を値踏みするような視線を向ける。
シルビアは、
静かに微笑んだ。
それは、
かつて身につけた礼儀であり、
同時に、
誰も越えさせない境界だった。
彼女はもう、
役割に縛られることをやめている。
選ばれるために、
ここにいるわけではない。
ただ、在る。
それだけで、
十分だった。
紅茶を置き、
シルビアは立ち上がる。
誰も声をかけない。
誰も、引き止めない。
それを確認してから、
彼女は歩き出した。
廊下の先から、一人の騎士が歩いてくる。
彼は、シルビアだけを見ていた。
風が、窓の隙間をかすめた。
けれど、彼女の視線が彼に絡むことは、もうない。
風のない場所で、
風を知っている者の歩き方で。
彼女は淡々と歩んでいく。
騎士だけが、その背を見送っていた。
いいなと思ったら応援しよう!
この物語を楽しんでいただけたら、そっと応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは、物語を続けていく力に使わせていただきます。