【ショート】 定められた運命の果てに
―― short story ―—
ロードライト王国には、
聖女信仰があった。
代々、選ばれた聖女が国の繁栄のために祈ると、
王国に結界が施された。
魔物の侵入を食い止め、
王国の治安は、聖女が守り続けていた。
生まれ落ちた時から、
聖女になる運命だった。
教会に身を寄せ、
朝の務めから始まる日々。
決まった時間に、同じ生活を。
今、ここに健やかに生きていることを神へ感謝した。
そして、祈ると心がじんわりと温かくなり、
今日もこうして生きていることが幸せだと感じられた。
教会の外に出ると、
青い空と白い雲、
眩しい太陽が緑豊かなロードライトを照らす。
木々の隙間から愛らしい鳥たちが顔を出し、
美しい歌声を聴かせてくれる。
肩の力を抜き、
深呼吸すると、
芳しい花の香りが私を満たした。
白のローブを少し持ち上げ、
私は花壇の前まで歩く。
綺麗な薄紅の花に心惹かれ、じっと見入っていた。
ふと、人の気配を感じ、
振り向くと聖騎士様が立っていた。
突然、振り向いた私に驚いた様子を少し見せたが、
すぐに微笑すると、
野草の薄紅の花をくれた。
優しい眼差し。
私は、花を摘み取ってはいけない身なので、
花を手に取るのは初めてだった。
おずおずと手を伸ばすと、
花を受け取ろうとした瞬間、騎士様の手が私の手を包んだ。
途端に胸が跳ねる。
感じたことのない感覚。
体が緊張するのを感じると、
この場から逃げ出したくなった。
でも、手が離れてくれない。
……お礼を言ったら、離してくれるかしら?
私が顔を上げると、
おでこに熱を感じた。
……え?
次に聖騎士様は微笑むと、
「……ご加護をありがとうございます。」
そう言って、
私の手を離して行ってしまった。
頭が真っ白になって、
惚けていた午後。
いつもより、務めの作業が遅れて、
気がつけば夕刻になってしまった。
そして、大司教様に呼ばれついていくと、
騎士達が結界外の魔物討伐に向かったことを聞いた。
急に体温が下がる。
今日の私はどうしてしまったのだろうか。
体調が悪い……?
不思議に思いながらも、
いつもよりも強く祈り、
結界を広げた。
数日後、騎士達が帰還した。
皆、私の広範囲に広げられた結界に守られたと言っていた。
……よかった。
心の底から安堵する。
私は午前の勤めを終え、食事を済ませる。
ゆっくりと外に出て花壇を眺めていると、
また、人の気配がした。
私に近づく人は少ない。
今度は、驚かせないようにゆっくりと振り向く。
薄紅の花を持った聖騎士様が、
嬉しそうに立っていた。
胸が高鳴る。
また、逃げ出したくなったけど、
聖騎士様が私に花を渡そうと手を出すので、
受け取るしかない。
また、手を包まれると、
逃げ場はなかった。
「……聖女様のおかげで皆が無事でした。ありがとうございます。」
聖騎士様はそう告げた後、
耳を真っ赤にして、少し、ためらうようにして言った。
「……お慕いしております。」
胸が張り裂けそうになり、
私の中で何かが崩れそうになる。
聖女として、答えてはいけない。
私の沈黙をどう捉えたのかは、分からない。
でも、聖騎士様は眉尻を下げて笑った。
「……ずっと、お慕いしております。」
もう一度、呟くと去っていく。
薄紅の花だけが私の手に残った。
薄紅の花は、今も栞にして残している。
私が、四十を超えた頃、次代の聖女が現れた。
私は教会を後にした。
一度も行ったことのない実家を訪れ、
穏やかに過ごしている。
国を守った聖女として、
皆、私を歓迎してくれた。
数日もすると、
同じく国を守り続けた聖騎士団長が重い負傷を負い、
引退をしたと風の噂を耳にした。
現役の聖女は、治癒魔法に長けていたので、
一命を取り留めることができた、と言っていた。
そして、二人は年の差はあれど、恋仲なのだと噂されていた。
そっと目を伏せ、何かに目をつぶる。
聖騎士様は、あれから、ずっと国のために前線に立ち続けたと聞く。
騎士団長となり、騎士隊を率いているのだと。
それから、結婚をし、
子供もいらっしゃるはず。
後遺症は残ってしまったのだろうか?
私は、生まれて初めて、自らの足で彼の元へ向かった。
元・聖騎士団長様の御屋敷は、
教会からも私の家からも、そう遠くはなかった。
馬車から降りると、
手紙で伝えていたためか、自ら出迎えてくれた。
年月が経っても、変わらないと思った。
優しい眼差し。
手を差し出されたので、
そっと手をのせる。
そして、思ったよりも強い力で握られる。
見上げると、
嬉しそうに微笑んでいる。
そのまま、庭の庭園に案内された。
美しい庭園だった。
白が基調のテーブルクロスに、
ティーセットやお菓子も用意されている。
……お見舞いにきたつもりだったのに。
彼は椅子を引いてくれる。
腰掛けると、紅茶も彼が手ずから淹れてくれた。
そして、私の前に差し出し、自らも椅子を引いた時だった。
——彼が激しく咳込み始める。
私は驚いて背中をさすった。
「……申し訳ございません。」
彼が口元を押さえながら言う。
苦しそうだ。
「……お座りになって下さい。」
彼に肩を貸し、椅子に座ってもらう。
「後遺症なのですか?」
私の疑問に彼は少し黙った。
「魔物の毒が抜け切らないのだそうです。」
……毒。
私は、そっと彼の頬を両の手で包む。
彼の驚いた表情は、今は気にせず、
彼の体の中を観察した。
――聖女の力は残っている。
彼の胸部の肺の部分に黒い影を見つけた。
目をつぶり、祈る。
私の意識が黒い影を祓うことに注がれる。
これが私の戦い方だった。
見た目は何も変わらないから、
彼は驚いた表情のまま、私を見ている。
私の額から汗が落ちる。
そして、
彼の中から黒い影を消し去った。
ふっと、力が抜けると、
彼の腕が私を支え、抱き止めた。
「……何を?」
私は、呼吸を整えると、
ゆっくりと顔を上げた。
「毒は取り除きました。もう、大丈夫なはずです。」
そう告げると、
彼は何か信じられないようなものを見るかのように、
口を開けた。
私は本来の目的を思い出し、
言葉を発しようとした時だった——。
——唇に何か温かいものが触れる。
また、頭の中が真っ白になってしまう。
今、あなたに伝えたいのに――。
あなたが、どんな身の上であろうと、
私と共にいることができなくても、
……ずっと、お慕いしていると。
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