見出し画像

【ショート】 最後の灯台守

―― short story ―—

午後、夕陽が沈む頃。
森の奥にある古塔に、灯りが灯る。
森の反対側には、海が広がっている。
そのための灯り。
しかし、数年前から森に魔物が現れ、
船のルートから、ここは外され、誰も通らなくなった。
かつていた人も、今は、もういない。
塔の周囲には、誰も近づけなかった。
海も、森も、一定の距離で止まる。
それを保っているのは、
この塔に残った、たった一人の老婆。

静かな古塔からゆらめく灯り。
少し不気味な森のさざめきは、月の光に照らされる。
その光景をずいぶん長いこと見てきた。
老婆は、自分の寿命が尽きたとき、
この塔も一緒に連れていこうと考えていた。
王宮を追放されたのは、
もう遥か昔。
何の感情も、湧いてこない。
ただ、揺らめく景色だけを長いこと見ていた。
階段を降り、部屋に戻る。
今日も灯りを灯し、時が来たら消す。
ただ、もう、それだけだ。
ロッキングチェアに腰掛け、窓から月を見上げる。
そして、ゆっくりと目を瞑る。
ふぅ、と息を吐き、夜の余韻を楽しむ。

ふと、思い出したのは、
生涯でただ一人。
大切だった、あの人のこと。
私を信じることのなかった、あの人は——
今も人に欺かれたまま、王座についている。

――かわいそうなひと。

あの人は、自分を支えるものを、すべて遠ざけた。
その中に、私もいた。
あと少しだけ、違っていれば。

――何かは、変わっていたかもしれない。

自分にできることは、すべてやった。
だから、今は、ここでいい。

目を開けると、黒い優しい影が私を包んでいた。

「また、来たのかい」

黒い影は巨大な狼のような姿に変わった。
そして、老婆の足元に跪いて、すり寄る。
老婆が頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。
そして、老婆の膝の上に乗って、
頬や首筋に、やわらかく鼻を擦り付ける。

「……くすぐったいから、おやめ」

思わず、笑みが零れる。

その時、窓の隙間から伝書鳩が入ってくる。

「おや……」

老婆は狼から手を離し、鳥の足に括り付けられた用紙を開く。

びっしりと書かれた文字。
目に入ったのは、

――王が危篤。聖女である王妃の結界が破られ、魔物が侵入。至急、戻られたし。

心は、動かなかった。

紙の上に書かれた文字を、ただ、静かに見つめる。

ふと、狼を見る。

思い至ったのは、この狼が初めて古塔に入り込んだ日のこと。
まだ、追放されたばかりの若かった頃だった。
最初から、私に気に入られようとしていた。

花を持ってきたり、見覚えのない宝石を差し出したり。

まるで、気を引こうとするように。

そして、褒美をねだった。
――唇に。

優しく狼の頭を撫でる。

「……お前なの」

静かに問うと、狼はゆっくりと姿を変えた。

老婆は、それを見なかったことにした。


いいなと思ったら応援しよう!

COBITo|物語を書く人 【森で迷子率120%🌳】 この物語を楽しんでいただけたら、そっと応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは、物語を続けていく力に使わせていただきます。