【ショート】 使者に送られしもの
―― short story ――
『これを渡してほしい』
受け取ったのは、小さな手記だった。
『……しかし、』
『構わない。』
彼はやんわりと言った。
『……届けることができなくても。』
彼は遠くを見つめた。
『もう、なくていいんだ。』
広大な地だった。
この地まで辿り着けたのは、奇跡の所業だった。
何千年も国交を絶っていた国だが、資源は豊かだった。
しかし、その道は険しく、海を越え、山を越え、砂漠を越えて。
遥か遠い地だった。
高華国を目指した者は、誰一人戻ってこなかった。
だから、我が国の現王が使者を送ると言ったときは、皆が驚いた。
誰も名乗りをあげない中、私は手を挙げた。
未知の国へ行ってみたかった。
この地に戻れなくても。
理由はもう一つあった。
祖先の故郷だからだ。
私は、ディゾン語が巧みだった。
すぐに抜擢された。
高華国へ着いた頃には、
三十人いた使者は、もはや六人だった。
五年の月日をかけ、我が国に足を踏み入れた時には、三人だった。
そして、まさに、これから我が国の女王と謁見する。
身を清め、白い装束に身を包むと門を潜った。
三人の男は、女王の膝下に首を垂れた。
「……よくぞ、戻りました。」
『はっ』
三人の声が響く。
一人目の男が、貢物として贈られた水晶を差し出す。
二人目の男が、巻物を。
私は、手記を差し出した。
女王は立ち上がると、恐れ多くも御簾を開き、姿を現した。
皆が息を呑むのが分かる。
女王は、順に目を落とす。
ふと、香の匂いが鼻を掠める。
「……これは?」
女王が俺の手から手記を手に取った。
「高華の王が、渡して欲しいと」
少しだけ顔を上げると、恐ろしく美しい相貌に体が動かなくなった。
女王は、ゆっくりと手記をめくる。
最後のページで指を止めた。
わずかに、呼吸が揺れる。
「高華の王は、健在であったか?」
「……はい、ご健勝にあられました」
「なら、よい」
笑った。
どよめきが起こる。
最初は、俺。
次に、もう一人。
そして、最後の一人。
女王は順番に抱きしめていった。
静かに、御簾の向こうへ戻ると、高らかに宣言する。
「高華国への道を敷く。何十年掛かっても構わない。」
すぐに会議の準備をするように。
女王の指示で、皆が動き出す。
俺たちは、その場に取り残された。
手記は、返されなかった。
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