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【ショート】 誰かの忘れ物

―― short story ――

目が離せない。
白い砂浜と透明な海。
水面には明るい月が照らし出され、頭上には相反するように青空と太陽が広がる。
境界には一筋の闇。
ぷっくりと膨れた透明なレジンに閉じ込められた不思議な世界。
手を伸ばして、我に返る。

――いけない。

顔を上げると、扉はもう静かだった。
慌ててキーホルダーを掴み、扉を開く。
からころん、と小気味の良い音をさせて、思い切り店内を振り返った。

「……店長!忘れ物を届けてきます!」

「……んぁ?」

作業に没頭していた店長が顔を上げたが、無視して外へ出る。
眩しい光を手で遮りながら、店の周囲を見渡す。
どんな容貌だったか、はっきりと思い出せない。
ふと、歩道を渡った先に、黒のリュックが目に入る。
……あの人だ。
ここから叫んでも、聞こえないだろう。
駆け出す。
信号は赤。仕方なく歩道橋を上る。
降りる頃に、公園へと入っていく。
……待って。
息を弾ませて、追いかける。
さやさやと木々の掠れる音が聞こえると、
冷たい風が吹き抜けた。
公園の入り口に足を踏み入れる。
遊具の周辺のベンチを見てもいない。
子供たちの声が耳に響く。
日差しの下は、もう暑かった。
無意識に日陰を求め、端っこを歩く。
……どこに行ったんだろ。
落ち着かない様子で首を動かす。
やっぱり、もう行ってしまったかと諦めかけた時だった。

――いた。

入り口の真横にベンチがあった。
黒いリュックを横に置き、何やら読み物をしている。
公園の入り口からちょうど死角だったと気づく。
慌ててベンチに駆け寄る。

「……あ、あの」

顔は上がらない。

「……すみません。お忘れ物、かと、……」

ずっと、走っていたせいで、声が途切れてしまう。
手の中のキーホルダーを差し出すと、ようやく顔が上がる。
すっと立ち上がると、視界が影に覆われた。
……やっぱり大きい。
仰ぎ見ると、やわらかな表情があった。

「わざわざ、走って追いかけてきてくれたんですね。ありがとうございます。」

眉根を寄せ、笑う。
私の手からキーホルダーを受け取ると、
少しだけキーホルダーを見つめてから胸ポケットにしまった。
無事に渡せて、肩の力が抜ける。

「……とても、素敵ですね」

ぽろっと言葉が落ちる。

「……これですか」

胸元を押さえる。

「はい」

笑うと、お客様も笑う。
いつも、店内の隅で金具を見ているお客様だった。
中年の男性が頻繁にいらっしゃるのは珍しくて、覚えていた。
笑った顔は初めて見た。
私は、頭を下げると背中を見せる。
……早く、戻らないと。

「あの」

駆け出そうとしたら、呼び止められる。
振り向くと、そこには白い砂浜と透明な海が広がった。
まるで、公園が飲み込まれて消えてしまったみたいに。
熱い素足が砂に埋まる。
深い闇色の境界の下で、水面に月が揺れている。

目の前には……男性。

「よろしければ、もう一つあるので」

手を伸ばし、それを受け取る。

片手で包み込むと、公園に足をつけていた。

……あれ。

「……もう忘れないでくださいね」

頭に、やわらかな熱を感じる。
顔を上げると、

男性は、

私の横を通り過ぎて行った。


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