Fラン大卒、就活は100社以上。遠回りして年収500万円を超えるまで
今でこそ年収500万円を超えていますが、最初から順調なキャリアだったわけではありません。
Fラン大卒。
就活では100社以上受けました。
新卒で入った会社はかなりの長時間労働。
20代は年収300万円前後からなかなか抜け出せず、仕事選びに失敗したこともあります。
それでも転職をしながら少しずつ経験を積み、上場企業への転職も経験しました。
別に、壮大なキャリア戦略があったわけではありません。
むしろ、
そのときそのときで「このままじゃ嫌だな」と動いていたら、結果的に今につながった。
くらいの感覚です。
今回は、そんな私のこれまでを一度振り返ってみようと思います。
Fラン大卒、就活は100社以上
大学3年生から就活を始めました。
結果から言うと、かなり苦戦しました。
受けた会社は100社以上。
もともとあがり症だったこともあり、最終面接まで進んでも落ちる。
また落ちる。
毎日のようにお祈りメールが届いて、大学4年の夏頃には完全に疲れていました。
周りでは内定が決まっていくのに、自分は決まらない。
当時から学歴に自信もなかったので、
「私、ちゃんと就職できるのかな」
と普通に焦っていました。
そんな中、また一通のお祈りメールが届きました。
もう就活にも疲れていた私は、半分ダメ元で返信しました。
「ここで働かせてください!」
というような内容です。
普通、お祈りメールにそんな返信しないですよね。
今考えても、なかなか強い(笑)。
でも、それがきっかけで再び話が進み、最終的に繰り上げで内定をもらうことができました。
就活で100社以上受けた末の、まさかのお祈りメール返信からの内定でした。
やっと入った会社。でも「会社ってこういうもの?」と思っていた
ようやく就職先が決まり、
「これで私も社会人になれる」
と思って入った会社。
ところが、実際に働き始めるとかなり厳しい環境でした。
長時間労働が当たり前で、残業代についても今振り返ると、
「いや、これ普通におかしいよね」
と思うような状態でした。
でも当時の私は新卒です。
他の会社で働いた経験がないので、比較対象がありません。
「社会人ってこんなに大変なんだ」
「会社ってこういうものなのかな」
と思っていました。
今の私が当時の自分に会えるなら、
「それ、社会人が大変なんじゃなくて環境がおかしいから、早く辞めな」
と言います(笑)。
でも、そのときはなかなかそう思えませんでした。
しばらく働いたものの、最終的には心身ともに限界を感じ、転職することにしました。
私の会社員人生は、そんなスタートでした。
華々しさ、ゼロです。
転職したら全部うまくいく……わけでもなかった
厳しい環境から離れたからといって、その後急に人生がうまくいったわけではありません。
転職先を選んで、
「思っていた仕事と違ったな」
と感じたこともあります。
短期間で離れた会社もあります。
営業の仕事では、思うように結果が出せず悩んだこともありました。
そして20代半ばになっても、年収は300万円前後。
周りの友人や同世代の年収の話を聞くたびに、
「私、このまま働いていて年収って上がるのかな」
と思っていました。
何かすごい資格を取ったわけでもありません。
誰が見ても分かるような華々しい実績があったわけでもありません。
学歴にも自信がない。
仕事選びでも失敗している。
転職歴も増えていく。
当時の私は、自分のキャリアにそれほど自信を持てていませんでした。
転機になったのは、社外の知人から教えてもらった求人
そんな頃、転職するかどうかを考えていた時期がありました。
そこで、社外の知人からある求人を教えてもらいました。
結果的に、その求人への応募が上場企業への転職につながりました。
そして、その転職で年収が約100万円上がりました。
20代でずっと年収300万円前後から抜け出せずにいた私にとって、この100万円アップはかなり大きかったです。
もちろん、
「人脈を作れば年収が100万円上がる」
という単純な話ではありません。
ただ、この経験から、
会社の中だけで人間関係を完結させなくてもいいんだ
と思うようになりました。
仕事で知り合った人。
以前一緒に働いた人。
社外で知り合った人。
当時の私は「転職のために人脈を作ろう」と戦略的に動いていたわけではありません。
でも、会社の外にもつながりがあったことで、結果的に自分だけでは見つけられなかった選択肢を知ることができました。
このあたりの話は、また別の記事で詳しく書こうと思います。
気づけば、年収500万円を超えていた
その後も、ずっと順調だったわけではありません。
長く続いた仕事もあれば、合わなかった仕事もあります。
「この転職、正解だったのかな」
と思ったこともあります。
転職歴が増えたことで、逆に次の転職活動が難しくなったこともありました。
それでも、いろいろな仕事を経験する中で少しずつできることが増えていきました。
営業。
広告。
マーケティング。
企画。
最初から、
「私はこのキャリアを作るんだ」
と決めていたわけではありません。
その都度、自分に合うものや興味があるものを選んでいったら、後から少しずつつながって見えるようになった。
という方が近いです。
そして気づけば、年収も500万円を超えていました。
Fラン大卒で、就活で100社以上受けてもなかなか決まらなかった大学生の自分からすると、想像していなかったところまで来たなと思います。
ただ、500万円を超えたから「キャリア成功」と言いたいわけでもありません。
今だって迷うことは普通にあります。
30代になって、昔より「バラバラな経歴」を気にしなくなった
昔の私は、
キャリアには一貫性がないといけない
と思っていました。
だから転職歴が増えるたびに、
「また職歴が汚くなったな」
くらいに思っていた時期もあります。
でも、30代になって改めて振り返ってみると、少し見え方が変わりました。
営業でうまくいかなかったことも。
合わない会社を選んでしまったことも。
年収300万円前後からなかなか抜け出せなかったことも。
全部が成功体験ではありません。
ただ、そのたびに、
「私は何が嫌なんだろう」
「逆に、どんな仕事なら続けられそうなんだろう」
「次は何を身につけたいんだろう」
と考えてきました。
そうやって遠回りしてきたからこそ、後になって
「自分はこういうことが得意なのかも」
「結局こういう仕事に興味が戻ってくるな」
と気づいたこともあります。
だから今は、
遠回りしたキャリアも、ちゃんと武器になる。
と思っています。
もちろん、Fラン大卒なら誰でも年収500万円を超えられるわけではありません。
転職すれば必ず年収が上がるわけでもありません。
ただ、今、
「学歴に自信がない」
「転職歴が増えてしまった」
「自分のキャリア、ぐちゃぐちゃだな」
と思っていたとしても、今見えている経歴だけでこの先まで決まるわけではない。
少なくとも私は、20代の頃に今の自分を想像できませんでした。
私自身もまだキャリアの途中です。
このnoteでは、うまくいったことだけではなく、転職で失敗したことや迷ったことも含めて、30代会社員のリアルな経験を書いていこうと思います。
次の記事では、
Fラン大卒・年収300万円前後だった私が、転職で年収を上げるために実際にやっていたこと
について書きます。
