「自分の声」だと思っていたものが、自分じゃなかった。
3年半、
自分と本気で向き合い続け、
そして2年半、
人にもそれをお伝えてきた私ですが、
つい1ヶ月程前、
結構な衝撃を受けました。
それはYouTubeで、
MOMOYOさんを知ったこと。
MOMOYOさんが伝えている事の中に、
「自分の声」だと思っているのは、
自分ではない。
というものがありました。
これまでの私ももちろん、
「心の声」と「思考の声」は別物。
そんな認識は持っていました。
ただ、
この自分の中に出てくる
「思考の声(マインド)」に対して、
これまでの私はどちらかというと、
“優しく寄り添う”
というアプローチをしてきました。
たとえば、
何かに挑戦してみよう!と思ったとき。
「でも大丈夫?」
「失敗するかもよ」
「お金足りる?」
「あの人に、変て思われるかもよ」
そんなマインドの声が聞こえてくる。
私はこれまで、それに対し、
「怖いよね…」
「失敗したらどうしよう、って思うよね」
と、
その自分の声ひとつひとつに
寄り添って来ました。
だけど今回、
そんな思考の声を、
そもそも“私そのもの”だと思わなくても
いいのかもしれない。
そんな見方を知った。
これは私にとって、
かなりの衝撃でした。
だって、
毎日のように頭の中で聞こえてくる、
「やめたほうがいいよ」
「危ないよ」
「無理なんじゃない?」
「普通はこうだよ」
という声を、
ずっと、
“私が考えていること”
とか、
“私の感情”
だと思っていたから。
じゃあ、
この声が私じゃないのだとしたら。
一体、何が残るんだろう?
そんな衝撃から、約1ヶ月。
面白いくらいに、
「あ、これもマインドだったんだ。」
と気づくことが、
ボロボロ出てきています。
でも、
ここで私が大切にしたいのは、
今、
「怖い」と感じたり、
人の目を気にしてしまう自分がいるとすると、
そこにはきっと、
そう感じるだけの理由
が、あるということ。
自分の過去の経験から、
怖かった自分。
傷ついた自分。
悲しかった自分。
その時そう感じた自分を置いてけぼりにして、
「それ、マインドだから幻想だよ」
と進んでいくのは、
私には少し違うように感じています。
私はこの3年半、
怖かったら、
「怖いよね」と自分に言ってあげて、
悲しかったら、
「悲しかったよね」と、自分に言ってあげる。
そうやって、
自分の中にいる私を
何度も何度も迎えにいってきました。
それをしてきたからこそ私は、
今、この事を知り
少しずつ見え始めているものがある。
まずは
過去の自分を、
たっぷり癒してあげてから、
「この声は自分の声ではなかったんだ」
と気づき、
自分の本当の声だけを採用して
生きていったら、
一体、どんな世界が待っているんだろう。
これを今ここから体感していくことが、
楽しみでならない。♡
