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バスが遅れる→豆イラッ生まれる→“雨の日だけの特別な休息”になる。

バスが遅れると豆イラッは生まれるけれど、 その瞬間は“雨の日だけの特別な休息”にもなる。

急な激しい雨で、バス停の屋根にぽつぽつ音がしている。 時刻表の数字はもう過ぎていて、 電光掲示板の「まもなく到着します」は、ずっと“まもなく”のまま動かない。

「遅れてる…」「間に合うかな…」「濡れちゃうな…」 そんな小さな豆イラッが、傘の内側でじわっと育っていく。

でも、ふと周りを見ると、 隣のおじさんは靴に跳ねる雨粒をじっと眺めているし、 学生たちは濡れた前髪を気にしながら携帯をスクロールしているし、 後ろの女性は折りたたみ傘をたたむのに夢中になっている。

気づくと、私は人間観察をしていた。 雨はただ降っていて、 バスはただ遅れていて、 人はただそれぞれの時間を過ごしているだけ。

バスが来ないなら、もう“強制休息”とみなしてしまえばいい。 スマホを閉じて、雨の匂いを静かに深呼吸しながら感じるだけでもいい。 音楽の世界の人なら、この雨音を自然のBGMにしてしまうのかな、と考えてみたり。

私がよくやってしまうのは、 屋根から落ちる雨粒をひとつだけ選んで、落ちるまで見届けること。 スローモーションみたいに見える瞬間が自然と1つになった瞬間のように、 なぜか心がすっと静かになる。
このしずく1粒1粒が地球のめぐみになってくれるを教えてくれる大切なタイミング。ありがとう。

雨の日にバスが遅れる → 焦りが生まれる → 豆イラッが生まれる → 雨音で少し消える → 雨の日の特別な時間が生まれる

感情はただ、生まれては消えるだけ。 その変化を観察するだけで、心は静かになる。

今日の気づき: 急な雨でバスが遅れると、豆イラッはどうしても生まれる。 でもその瞬間、雨は自然の恵みと感謝できる大切なタイミング。
“雨の日だけの特別な時間”が手に入る。

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