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Red Hatはなぜ有償でも売れるのか|企業が買っているのはソフトウェアではなく「責任」

Linuxは無料である。

Ubuntuもある。Debianもある。AlmaLinuxもある。

ソースコードまで公開されている。

それなのに、企業はわざわざお金を払ってRed Hat Enterprise Linux、いわゆるRHELを使う。

冷静に考えると、かなり不思議な商売である。

無料で手に入るものの横で、

「こちらは有料です」

と言って売っているのだから。

スーパーの入口で水道水を無料で配っている横で、ペットボトルの水を売っているようなものだ。

では、なぜ企業はRed Hatにお金を払うのか。

理由は単純だ。

企業が買っているのはLinuxではない。

「何かあったときに責任を持ってくれる存在」を買っているのである。


Linuxが無料でも、障害は無料ではない

個人でLinuxを使っていると、障害が起きてもそれほど大きな問題にはならない。

昨日まで動いていたApacheが突然起動しなくなった。

ログを見る。

検索する。

Stack Overflowを読む。

GitHubのIssueを探す。

ChatGPTに聞く。

それでも分からなかったら、一晩寝て翌日に考える。

最悪の場合、

「Ubuntu入れ直すか」

でも済む。

個人なら、それでいい。

しかし、銀行のシステムではそうはいかない。

航空会社の予約システムでも、通販サイトでも、企業の基幹システムでも同じである。

サーバーが止まった瞬間から金が消えていく。

10分止まった。

30分止まった。

3時間止まった。

その間にも注文は入らない。

社員は仕事ができない。

顧客から問い合わせが来る。

経営陣から電話が来る。

そして最後には、必ずこの質問が飛んでくる。

「誰が直すんだ?」

ここで初めて、

「Linuxは無料です」

という事実が、ほとんど意味を持たなくなる。

「Googleで調べます」では企業は動かない

担当者がこう答えたとしよう。

「原因はLinuxだと思います」

上司が聞く。

「Linuxのどこ?」

「分かりません」

「メーカーには聞いた?」

「メーカーはいません」

「サポートは?」

「ありません」

「では、どうする?」

「Googleで調べています」

個人開発なら普通の会話である。

企業では恐ろしい会話である。

もちろん、優秀なLinuxエンジニアを何人も抱えている企業なら自力で対応できるかもしれない。

しかし、その人が退職したらどうするのか。

休暇中だったらどうするのか。

午前3時だったらどうするのか。

十年前に構築したシステムだったらどうするのか。

「詳しい人がいるから大丈夫」

という状態は、一見すると強そうで、実はものすごく脆い。

企業が欲しいのは、

「この人なら分かる」

ではない。

「この契約が存在する限り、問い合わせ先が存在する」

という状態なのである。

Red Hatが売っているのは「安心」の仕組みである

Red Hatのサブスクリプションには、単なるLinuxの利用権だけではなく、アップデート、セキュリティ対応、技術サポート、ライフサイクル管理、ドキュメント、専門家へのアクセスなどが含まれる。

Red Hat自身もサブスクリプションの価値として、企業向けに安定化されたオープンソース技術、ライフサイクル管理、ソフトウェア間の相互運用性、専門家やツールへのアクセスなどを挙げている。

つまり企業が払っている金は、

Linuxをダウンロードするための料金ではない。

Linuxを業務で使い続けるための料金なのである。

この違いは大きい。

個人にとってOSは「ソフトウェア」だ。

企業にとってOSは「インフラ」である。

インフラになると、評価基準が変わる。

新機能が多いことより、

壊れないこと。

新しいことより、

昨日と同じように動くこと。

無料であることより、

問題が起きたときの道筋が決まっていること。

こちらの方が重要になる。

「新しい」は、企業にとって必ずしも正義ではない

IT業界では、新しい技術ほど注目される。

新しい言語。

新しいフレームワーク。

新しいデータベース。

新しいAI。

個人開発なら、新しいものを試すのは楽しい。

しかし企業システムでは、

「新しくなった」ことそのものがリスクになる。

OSをアップデートした。

ライブラリのバージョンが変わった。

今まで動いていた業務システムが動かなくなった。

ドライバが対応していない。

ミドルウェアが対応していない。

データベース製品のサポート対象外になった。

企業にとって重要なのは、

「最新版を使っていること」

ではなく、

「来年も同じ構成で動くこと」

だったりする。

現在のRHEL 8、9、10は基本的に10年間のライフサイクルを持ち、その後もオプションの延長サポートが用意されている。さらに2026年には、条件に応じて最大14年間のライフサイクルを提供するExtended Life Cycle Premiumも発表された。

14年。

IT業界では異常なほど長い。

14年前のスマートフォンを思い浮かべてほしい。

14年前のWebサービスを思い浮かべてほしい。

技術の世界では、ほとんど別の時代である。

それでも企業には、

「変わらないでくれ」

という需要が存在する。

Red Hatはそこに金を払ってもらっている。

無料のOSSに「責任」を載せる

ここにRed Hatという会社の面白さがある。

Red HatはLinuxを発明した会社ではない。

Linuxカーネルはオープンソースである。

GNUのツールも、多くのライブラリも、世界中の開発者によって作られている。

Red Hatは、それらを集め、

検証し、

組み合わせ、

更新し、

セキュリティ問題を追い、

長期間維持する。

つまり、

誰でも手に入れられるオープンソースに「企業で安心して使える」という価値を載せた。

ここが重要だ。

Red Hatは無料のものを有料にしているのではない。

無料で配られている部品から、

企業が買える製品を作っている。

料理に例えるなら分かりやすい。

スーパーで食材を買えば、自分でも料理は作れる。

それでもレストランに金を払う人はいなくならない。

なぜなら客が買っているのは、小麦粉や肉や野菜ではないからだ。

調理。

品質。

衛生管理。

サービス。

そして、

「この店なら、この料理が出てくる」

という信頼に金を払っている。

Red Hatも似ている。

材料はオープンソースだ。

だが企業が買っているのは材料ではない。

完成品としての信頼性である。

「誰の責任ですか?」に答えられること

企業の世界では、技術的に正しいことだけでは足りない。

もう一つ重要な質問がある。

「その判断は誰の責任ですか?」

これはエンジニアからすると面倒に思える。

しかし、組織が巨大になるほど重要になる。

何万人もの社員が利用するシステム。

数百億円を扱うシステム。

社会インフラを支えるシステム。

そこでは、

「GitHubにそう書いてありました」

では意思決定できない。

「たぶん大丈夫です」

でも駄目だ。

問題が起きたとき、

どこに問い合わせるのか。

誰が調査するのか。

どの期間まで修正されるのか。

どのバージョンまでサポートされるのか。

それを契約として決めておく。

企業は、そのために金を払う。

ここまで来ると、

「Linuxなのに有料」

という見方そのものが間違っていることに気付く。

弁護士は法律を売っているのではない

似た商売は世の中にたくさんある。

法律は公開されている。

六法を買えば誰でも読める。

インターネットでも調べられる。

それでも企業は弁護士と契約する。

なぜか。

法律の文章を読むためではない。

「この状況ならどう判断するべきか」を任せられる専門家が必要だからだ。

会計基準も公開されている。

それでも企業は会計士を雇う。

建築基準も公開されている。

それでも専門家に設計を依頼する。

情報が無料で公開されていることと、

専門家が不要になることは、

まったく別の話なのである。

オープンソースも同じだ。

ソースコードが無料で公開されていても、

業務で安全に運用する責任まで無料になるわけではない。

むしろOSSが広がれば広がるほど、

それを企業の責任体系に接続する仕事には価値が生まれる。

オープンソースと商売は矛盾しない

「無料で公開したら儲からない」

という考え方がある。

Red Hatの存在は、その逆を示している。

無料であることと、

価値がないことは、

同じではない。

コピーに値段を付けられなくても、

運用には値段を付けられる。

サポートには値段を付けられる。

信頼には値段を付けられる。

長期保守には値段を付けられる。

そして何より、

責任には値段を付けられる。

これはオープンソース時代の非常に面白い商売だと思う。

昔のソフトウェア会社は、

「このソフトを使いたければ金を払ってください」

と売った。

Red Hatは少し違う。

ソフトウェアそのものはオープンである。

その上で、

「企業として安心して使いたいなら、われわれが支えます」

と売る。

商品を囲い込むのではなく、

商品を開いたまま、

その周囲に商売を作った。

本当に高いのはLinuxではない

RHELの価格だけを見ると、

「Linuxなのに金を取るのか」

と思うかもしれない。

しかし企業からすると比較対象が違う。

RHELの料金とUbuntuの0円を比べているわけではない。

比較しているのは、

サーバーが止まったときの損失。

原因究明に使うエンジニアの人件費。

セキュリティ事故のリスク。

移行作業のコスト。

古いシステムを延命するコスト。

そして、

誰も責任を取れない状態になるリスクである。

それらと比較すると、

OSのサブスクリプション料金など小さな金額になることがある。

だからRed Hatは売れる。

企業が買っているのは、

赤い帽子のロゴが付いたLinuxではない。

「困ったときに電話できる」という状態を買っている。

もっと言えば、

「われわれが責任を持ちます」と言ってくれる会社の存在を買っている。

Linuxは無料で手に入る。

ソースコードも読める。

自分でビルドすることだってできる。

それでも企業は金を払う。

なぜなら、

ソフトウェアは無料にできても、責任まで無料にはできないからだ。

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