爪あと
世の中には、何かしらの場面で爪あとを残そうとするひとがいます。
私の属しているスピリチュアル界隈、ヒーリング仲間、おしゃべり仲間のなかでも、そういうひと、います。
自分はできるんです的なアピールだったり。
自分は良いひとなんです的なアピールだったり。
でも見ていると、爪あとじゃなくて、傷あとになっちゃってるパターンが多くて、ちょっとお気の毒です。
よく見せようとするのは、できない自分を知ってるからで、できるひとに憧れがあって真似してるだけなので、可愛いと言えなくもないのですが、行き過ぎると痛々しいですね。
ちょっと蟻さんの話になるんですけど、ありんこね。
蟻さんって、いっぱい数いるじゃないですか。
でね、そのなかでも、働く子と働かない子がいるらしいんです。何割だったかな?ちょっと忘れちゃいました。
それで、働く子だけを集めて置いておくと、そのなかでさらに働く子と働かない子に別れるんですって。それをまた同じように厳選された働く子を集めてみると、面白いことに働かない子が出てくるらしいんです。
ひとの性質って、それに似てるなぁって思って。
良いひとのふりとか、いつだってできるんですよ。だけど、いつか続かなくなる。化けの皮が剥がれる。そこに残ったものを直視出来たらいいんだけど、人間って脆くて弱くて、自分の醜いところを見ることができない。
でも、見つめること、少なくとも見つめる努力をしようとすること、見続けようとすることには、大きな価値があって、達成できたそのひとはたくさんのものを得て、幸せになることができる。
自分を良く見せたい願望は、あるよね、ひとなら大なり小なり。
私はひとの本質が見えちゃうタイプなので、上手く擬態したつもりでも透けて見えるし、大きく見せようとするひとの小ささもよく見えるんだよね。
なんかこう、ひとの記憶に残りたいのか、自分の栄光にしたいのか、そこまでは知らないけど、無闇矢鱈に自分すごいですアピールはやめといたほうが良いです。
何故かと言うと、そういうのって、自分を傷つける行為でしかないからなんです。
もっと自分サイズで良いの、そして自分をいたわらないとね。
これから先、そういうのがはっきりくっきり、みんなにも見えてくるようになります。
世の中はもっと透明になってきます。
みんな、素で勝負しないといけなくなる。
勝ち負けではないんだけど、優劣は出てくるでしょうね。
何者かのふりしないほうがいい。
できるアピールもしなくていい。
そのほうが、楽でしょう?
爪あとなんて無理して残さなくていい。
あなたが素晴らしかったら、自然と、美しい軌跡になるから。
読んでくださって、ありがとうございました。
また明日。
おやすみなさい。
