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生後2ヶ月の次女を見て、「長女が赤ちゃんに戻ることはないんだ」と気づかされた

生後2ヶ月の次女が、赤ちゃんのころの長女にすごくよく似ている。姉妹だから当然なのかもしれないけど、まるで長女を0歳からもう一度育てているような気持ちになる。

次女の鼻の下にホクロがあることを除けば、ほぼ一緒。髪の薄さもジャガイモのような輪郭も、一重になったり二重になったりするまぶたも、まんまるな黒い瞳も。

可愛いなあと眺めているとふと思う。長女が赤ちゃんに戻ることはもうないんだなあ。人生に一度きりの赤ちゃん期、もっと長女を愛でたかったなあ、と。

長女が赤ちゃんのとき、愛情を注いでいなかったわけではない。愛情はたくさんあったのだが、そのすべてを、心配することに使っていたのだ。

次はおっぱい飲んでくれるかな。また泣いたらどうしよう。SNSや育児本ではこう言ってるけど、私はどうしてできないの?というふうに、愛があるがゆえにたくさん悩んでいた。

起きている時間のほとんどを悩み事に使っていて、長女の隣に一緒になって寝転び、のんびりと観察したり遊んだりする時間が少なかった。そういう時間はあっても、頭の中では心配事で埋め尽くされていたように思う。

あのときの長女をもっと見つめていたかった。いくらそう思っても時間は戻すことはできない。できることは、今の彼女に集中すること。

その意識を持って、保育園から帰ってきた長女と関わろうとするけれど、現実はそううまくはいかない。疲れやヤキモチで荒れに荒れる長女を前に、「今を大切に」なんか言ってられるか!というのが本音なわけで、毎晩、次女を授乳しながら「ちょっと待って。あっち行ってて」と言っては長女を泣かす始末。やっぱり長女は、何事も親にとって“はじめて”だから、心の余裕なんかできないのよ。ごめんね。

でも長女を泣かせても、どれだけイラついても、「今目の前にいる娘に集中する」という意識は戻ってくる。ネガティブな感情になっても、次女を見て初心を取り戻せるのだ。すばらしいパワーだ。

次女と比べると、長女はもう立派な人間だけど、10年後に振り返ったときは「あの時期、可愛かったなあ。なんでもっと優しく……」と思うのだろう。だからせめて心に余裕があるときは、家事や仕事などのやらなければいけないことを考えるのを一旦ストップさせて、長女を観察したい。

シャンプーをお花に見立てて「お花さん、水飲んでね」とペットボトルで水やりするところとか、「プレゼント」がいつまで経っても言えなくて「プジェレント」になるところとか、曇り空を見て「突然雨が降ってくるかもしれないから、一応傘持っていっとこっか」というすばらしい文法を使えたこととか。家事や仕事に気を取られていると気づけないことを、取りこぼさないようにしていたい。

今、長女はパパと一緒にお祭りに出かけている。帰ってきたら、どんな表情で、どんな口調で、どんな話をしてくれるのかなあ。帰宅後の不機嫌も怖いけど、機嫌を取ったらたくさんお話するとしよう。

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