Tomorrow Never Knows Part.3
Tomorrow Never Knows Part 3
明日があるとは限らない。
だから今、ここに記しておきたい。

死ぬ時を知り、死に場所を選べるというのは、
ある意味で人間としての最高のエンディングなのかもしれない。
しかし、世の中の大半はそうではない。
どれだけ裕福で、
約束されたエリートであっても、
明日が突然、忽然として無くなる。
そういうことは大いにあり得る話だ。
私はこれまでの人生で、
そういう人を沢山見たし、
人生とは紙一重だと、
常日頃思っている。
それは単にラッキーだった、
というだけでは片付けられないものである。
今、私の研究は自分の中で一段落を迎え、
今ここに、
これまでを振り返る機会が日毎に多くなった。
それはもしかしたら、
死が近いのかもしれないし、
自分の中の古い何かが崩壊し、
新たな自分のスタートなのかもしれない。
どちらにしても、
先に話した通り、
誰も明日のことなど分からないのだ。
だから、
私が歩いた軌跡をここに残しておきたいと思う。
この半年を遡るだけでも、
途方もなく長い距離を歩いてきたようにも感じる。
まるで、
エベレストの山を下から上まで登ったような感覚だ。
しかし、
それ以前にも長い私の人生の道のりがあった。
正直、
幸せなことより苦難と孤独の人生だった。
また、
時に幸せな時を過ごした経験が、
余計にそれを思い起こさせる。
私は普通の幸せを願っただけなのだ。
私の中で研究を導いてきたのは、
常にその孤独と絶望と、
その先にあった次の人生だった。
その経験が、
研究にそのまま生きている。
Ikigakushaを名乗るのは、
その所以である。
日本語では、
生きる学者。
そう、
常にどうにかして生きようと、
また、生きたいと。
その思いが、
私のこれまでの人生だった。
だから、
私の中で生きることは学ぶことであり、
学び続けることである。
決して批判するつもりはないが、
哲学者などと名乗り、
机上の上で絵空事を唱えるだけの姿勢には、
私は否定的だ。
世の中や世界、
人生は美しく儚いが、
そのほとんどは、
残酷で、欲望と絶望が渦巻いている。
その世界を私は、
数学や物理の世界にも同じように見る。
むしろ、
世の中は混沌とした絶望が多いからこそ、
一瞬の煌めきや儚さに、
心を奪われるという逆説でもある。
ここで伝えたいことは、
人生の泥臭さの中にこそ、
本当の学びがあるということだ。
決してアカデミアを否定はしない。
人生設計において、
非常に大事なプロセスであると思う。
しかし近年は、
生きることを目的としたアカデミアではなく、
どのようにして人から奪い取り、
自分だけが他人より上に行くかという競争レースの上に、
成り立っているようにも見える。
私から言わせると、
既存のアカデミアの多くは、
学問というより暗記レースに近い。
その暗記レースの実装が、
AIに直結しているのだ。
人々がAIを恐れるのは、
AIが感情を持たない、
善悪を判断できないという前提だからだ。
それは暗記レースで構築されたものなのだから、
善悪を判断する術はない。
そもそも構築した設計者が、
そのような考えを、
生きていく中で学ぶ機会を得にくい環境にいたのかもしれない。
いや、むしろ、
成長の過程で、
それを捨てなければならなかったのかもしれない。
私がここで言う善悪とは、
人間としての道徳的なものだ。
ただし、
ここで私が道徳を説くのも間違えている。
なぜなら、
私も大切な仲間や友人、家族を裏切り続けてきた結果、
今に至るのだ。
だからこそ、
あの時にああすればよかったのかもしれないというログだけが残り続け、
常に私の頭の中で、
その時のシーンがロールプレイングされるのだ。
その経験が、
研究にそのまま反映されている。
私は決して人より優秀ではないが、
人に負けないくらい、
人生の中でたくさんのことを学び、
特に道徳的なことを、
多くの人から学ばせてもらった。
それを活かしきれなかった後悔がある。
きっと、
皆が私に諦めたであろう期待を、
最後まで絶対に裏切りたくない。
その想いだけが、
私を突き動かし続けている。
With Love,
Gaasu13
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