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「社長が一番できる会社」は、どのタイミングから弱くなるのか?〜権限委譲で「創業者が手放すべきもの、最後まで握りつづけるべきもの」


会社を立ち上げたばかりの頃は、何事にも社長が一番精通しているが普通です。

だから創業期には、社長へ意思決定を集めること自体が会社の強みになります。

ところが社員が50人、100人、300人と増え、顧客も商品も事業も増えてくると、同じやり方が少しずつ会社の成長を邪魔し始めます。

営業責任者がいるのに、大型商談は社長の返事待ち。事業責任者がいるのに、価格変更には社長承認が必要。人事部長がいるのに、重要な採用はすべて社長面接。商品責任者がいるのに、新機能を出すかどうかまで社長が決める。

社長本人は猛烈に働いている。それでも会社全体はどんどん動きが鈍くなる。

権限委譲という話になると、「部下を信じよう」「70点でも我慢しよう」「社長は口を出しすぎない方がいい」といった精神論になりがちですが、国内外の経営者や企業、学術研究、さらに大きな失敗例まで見ていくと、もう少し違った景色も見えてきます。

権限委譲で考えるべきなのは、社長の仕事を誰かに渡すことではありません。

会社の中で、誰が何を決めるのかを変えることです。

しかも、何でも現場へ渡せばいいわけでもありません。会社が大きくなるほど現場へ任せた方がよい判断は増えますが、逆に社長や取締役会が強く握っておくべき領域もあります。

松下 幸之助、本田 宗一郎、稲盛 和夫、柳井 正、南場 智子、藤田 晋、福島  良典、宮田 昇始、Jeff Bezos、Warren Buffettなど、古今東西の著名経営者の言動を並べてみると、そのポイントがかなり見えてきます。

権限委譲は「役職を与えること」ではない

この問題を考えるうえで参考になる研究があります。

Philippe AghionJean Tiroleが1997年に発表した論文では、組織における権限をFormal AuthorityReal Authorityに分けています。

Formal Authorityは、制度上は「あなたが決めていい」と与えられた決定権です。一方のReal Authorityは、実際には誰が意思決定を支配しているのかを指します。

例えば、社長が「営業は営業本部長に任せています」と言っている。しかし、大型案件になると社長が商談に入り、価格を決め、提案書を修正し、最後の交渉まで担当している。

役職としては営業本部長でも、社員から見れば最終決定者は社長です。

すると社員は、「自分で決めるより、最後は社長に確認した方が安全だ」と学習します。こうした状態が続けば、組織図では権限委譲されていても、実際の会社は社長一人に依存したままです。

だから、権限委譲を見るときは、部長や執行役員という肩書を与えたかではなく、その人が社長に確認せず決められることが本当に増えたかを見た方が分かりやすいと思います。

創業期には、創業者へ判断を集めることに合理性があります。創業者自身が最も多くの情報を持っているからです。

顧客が5社なら、その5社を社長自身がよく知っている。社員が10人なら、それぞれの性格や能力も把握しやすい。商品が一つなら細部まで理解できます。

この段階では、創業者に聞くことが最も速い。

ところが顧客が500社、社員が300人、商品が10個ともなれば事情が変わります。

この時期、経営者が気をつけた方がいいのは、自分自身の生産性と会社全体の生産性を混同しないことです。

社長が毎日15時間働き、メールを即座に返し、判断も速い。それでも300人の社員が社長の回答を待っているようなら、会社全体としては鈍行列車状態です。

創業期には「社長に集めるほど早くなった会社」が、いつの間にか「社長を通すほどトロい会社」へ変わる。

権限委譲が必要になるのは、このタイミングです。

創業者が手放せないのは、単なる完璧主義ではない

では、なぜ創業者は権限をなかなか手放せないのでしょうか。

「部下を信用していないから」と説明するだけでは少し足りません。

Applied Psychologyに掲載された研究では、30人の創業者と、創業者が雇った14人のプロ経営者へのインタビューを通じて、創業者が持つPsychological Ownership=心理的所有感と権限移譲の関係を分析しています。

創業者は長い間、自分で会社を動かしてきます。最初の商品を作り、最初の顧客を獲得し、社員を採用し、資金を集め、問題が起きれば自分で解決してきた。

そうすると、「会社を動かしているのは自分だ」という感覚そのものが、経営者としての自己認識になっていきます。

また、この研究で興味深いのは、権限移譲がうまく進んだ創業者と言えども、会社への愛着を失ったわけではないことです。すべてを自分で決めることにこだわるのではなく、会社について知り、会社へ影響を与えるという別の形へ、自分と会社との関係を置き換えていました。

権限委譲で創業者が手放すのは業務だけではありません。

「この会社を動かしているのは自分だ」という感覚の一部まで手放す必要がある。

だから難しいのだと思います。

松下 幸之助は、会社の中に「経営者」を増やした

日本企業の歴史を見ると、この問題にかなり早い時期から向き合った人物がいます。松下 幸之助氏です。

松下電器は1933年、製品分野ごとに組織を分け、開発、生産、販売、収支まで一貫して責任を持たせる事業部制を導入しました。

パナソニックは、その狙いを「自主責任経営の徹底と経営者の育成」と説明しています。

ここで面白いのは、事業部長を「本社から指示された仕事を実行する管理職」と考えていないことです。

一つの事業について、商品も生産も販売も収支も見る。一つの小さな会社を経営するような立場に置く。

大企業を一人の経営者がすべて判断するのではなく、会社の中に経営できる人間を増やしていくという発想です。

松下氏は一方で「任せて任せず」という言葉も残しています。仕事は任せる。しかし、経営者として関心まで失ってはいけない。

事業部制(その後のカンパニー制)による権限委譲には社内各セクションの「蛸壺化」というデメリットもあり、松下電器も後年苦しむことになりますが、この感覚自体は、現在でもかなり有効だと思います。

稲盛 和夫は、会社そのものを小さな経営単位に分けた

稲盛 和夫氏のアメーバ経営も、考え方は近いものがあります。

京セラでは組織を小さな独立採算単位へ分け、それぞれのリーダーに売上、経費、人員、計画などを含めて担わせます。

つまり、単に「この仕事をお願いします」ではありません。数字まで持たせ、事業を自分で回す経験を積ませる。

ただし、会社全体の経営理念や採算管理の考え方まで自由になるわけではありません。共通の考え方を持ちながら、その範囲で各リーダーが判断します。

松下 幸之助氏の事業部制と稲盛 和夫氏のアメーバ経営は規模や方法こそ違いますが、共通しているのは、社長一人の処理能力を高めるのではなく、経営できる人間の数を増やそうとしたことだと思います。

本田 宗一郎が手放したのは「苦手な仕事」ではなく、一番好きな仕事だった

権限委譲を考えるうえで、外せないと思うのはHondaの本田 宗一郎氏と藤沢 武夫氏の逸話です。

1960年代末から1970年代初頭、Hondaでは四輪車のエンジンを空冷で行くのか、水冷へ移行するのかが大きな問題になりました。

本田氏は空冷エンジンへの強いこだわりを持ち、自ら研究所へ入り、技術者へ細かく指示していましたが、若い研究者たちは、水冷へ移らなければ排出ガス規制への対応や今後の四輪開発が難しいと考えていました。

Hondaの75年史には、藤沢氏が本田に対し、「社長として残るのか、それとも技術屋として残るのか」という趣旨の選択を迫り、本田氏が社長として残る道を選んだ経緯が紹介されています。

この話が面白いのは、本田 宗一郎氏が不得意な仕事を手放したわけではないことです。

技術は、自分が最も好きで、最も得意で、本人の存在価値とも強く結びついていた領域でした。

経営者が手放しやすいのは、自分が苦手な仕事です。難しいのは、自分が誰よりもうまくできる仕事を任せることです。

自分ならもっと速くできる。自分ならもっと良い判断ができる。しかも実際、その可能性は高い。

それでも会社が大きくなれば、自分が担当し続けない方がいい領域が出てきます。

優秀な創業者ほど、ここが難しいのではないでしょうか。

柳井 正氏は、強い創業者として残りながら、「経営人材を量産している

ファーストリテイリングの柳井 正氏は、少し違うタイプです。

2026年時点でも柳井氏は代表取締役会長兼社長であり、グループCEOとして長年にわたり経営の中心に居座り続けているにもかかわらず、ファーストリテイリングのコーポレートガバナンスを見ると、CEOサクセッションを「最も重要な経営課題の一つ」と位置づけています。

次世代の経営者候補を重要なポジションへ配置し、実際の事業経営を経験させる。柳井氏自身も上席執行役員の育成に多くの時間を使い、すでに各事業を上席執行役員が担う「チームでの経営体制」が整っていると説明しています。

ファーストリテイリングでは、人材育成について「世界の全社員を経営者に育てる」という考え方まで掲げています。店舗から経営人材を育てることも、その延長にあります。

このケースは、「創業者が手放してフェードアウトする」権限委譲ではなく、

創業者自身は強く経営へ関わり続けながら、その下に分身として経営できる人材を何人作れるか

というスタイルと言えます。

松下 幸之助氏の事業部制とも、少し通じるものがあり、良くも悪くもカリスマオーナー経営者に多くみられるパターンです。

後の世の評価は、最終的な事業承継がうまくいったかどうか次第となるのでしょう。

南場 智子氏は「人材の質」を上げてから、大きく任せる

DeNAの南場 智子氏の考え方も分かりやすいものです。

2026年のカンファレンスイベントIVSで南場氏は、創業以来、人材について「数で妥協しても、質では絶対に妥協しない」という姿勢を続けてきたと振り返っています。

そして、優秀な人材を集め、経営資源を配分した後は自由に任せる。それによって次々に事業が生まれる、という趣旨の話をしています。権限委譲を考えるときにかなり大切な論点です。

「人は任せれば育つ」という話だけではありません。

まだ十分な経験がない人に、大きな権限だけ渡しても本人が困ります。会社にも大きな損失が出るかもしれません。

一方、非常に能力の高い人を採用しているのに、細かな判断まで全部CEO承認なら、その人を採用した意味が薄れてしまう。

南場氏の考え方は、かなり単純化すれば、

高い人材基準と、大きな裁量をセットにする

ということだと思います。

ちなみに、南場氏はこのカンファレンスが開かれた当時、長年、自身がスカウトした人材に委ねていたDeNAの代表取締役社長兼CEOに返り咲いていますが、経営環境によっては株主などステークホルダーに、再登板を要請されることもあるでしょうし、それをもって権限委譲・事業承継に失敗したと評価するのは辛辣すぎるように思います。

藤田 晋氏は「会社全部を同じ濃さで見ない」

サイバーエージェントの藤田 晋氏は、さらに分かりやすい言い方をしています。

藤田氏は自身の経営について、「基本的には任せて伸ばす」という考えがベースにあると説明しています。

広告事業やゲーム事業は大きく任せる。一方で、ABEMAについては自分が細かいところまで見る。

成熟した事業がある。

優秀な責任者がいる。

その事業で起きる失敗が会社全体を直ちに危険へさらすわけではない。

そういう領域は大きく任せる。

反対に、会社の将来を左右する新規事業で、CEO自身の経験や能力が大きく効くのであれば、深くコミットする。

つまり権限委譲とは、CEOが現場からいなくなることではなく、

どの現場には入り、どの現場からは離れるのかを選べるようになること

とも思います。

会社全体を同じ管理密度で見る必要はない。

この考え方は、複数事業を持つ会社ほど参考になるはずです。

福島 良典氏は「決定権を渡すなら、情報も渡す」べきと考える

LayerXの福島 良典氏が強調しているのが、情報の透明性です。

福島氏は、会社の事業計画を知らずにマーケティング目標を決められるのか、会社の残りの資金余力を知らずに広告費を判断できるのか、といった例を挙げています。

LayerXではセンシティブな情報を定義し、それ以外は原則オープンにする考え方を採用しています。

その理由は単純で、社員が正しい判断をするためには、その判断に必要な背景情報が必要だからです。権限委譲で見落とされやすいところです。

「自分で判断してください」と言いながら、経営会議の情報は経営陣だけ。

今年は売上と利益のどちらを優先するのかも分からない。

なぜこの顧客だけ特別扱いするのかも知らない。

どこまでキャッシュを使えるのかも知らない。

これでは現場は結局、上司へ聞くしかありません。

Decision Rightsを下げるなら、Information Rightsも一緒に下げる。

私も、この明快な意見には大賛成で、決定権と情報へのアクセスは、セットで考えた方がいいと思っています。

Netflixも「Context, not Control」を掲げる

海外事例では、Netflixが掲げている「Context, not Control」も、福島氏の考え方と近いものがあります。

上司が細かな指示を出し続けるのではなく、戦略、顧客、競争環境、会社の状況、制約などを共有し、それを踏まえて担当者自身に判断させる。

Netflixはシニアリーダーについても、どれほど多く意思決定したかではなく、むしろ自分自身ではどれだけ少ない意思決定しかしていないかを見る、という評価基準を示しています。

ただし、放任ではありません。

倫理上重大な問題、会社に大きな損害を与える可能性がある判断、まだ十分な背景情報を持っていない新任者などについては、上位者が関与する余地を残しています。

自由と放任は違う。

Netflixの考え方は、その線引きをかなり明確にしています。

Amazonは「失敗してもリカバーできるか」で判断の軽重を決める

どこまで任せればいいのかを考えるうえで、かなり使いやすいのがAmazonOne-Way DoorとTwo-Way Doorです。

Jeff Bezosは、多くの意思決定はやり直せるTwo-Way Doorなのだから、軽いプロセスで速く決めるべきだと説明しています。

例えば広告のクリエイティブを変える、小規模なキャンペーンを試す、営業提案の方法を変更する、といった判断は、うまくいかなければ、すぐやり直せます。

こうした案件まで役員会やCEO承認へ上げていれば、会社の速度は確実に落ちます。

一方、大型M&A、巨額設備投資、重要な資本政策などは簡単には失敗をリカバーできません。こちらは慎重に判断する。

権限委譲を考えるとき、「この人を信頼できるか」だけで考えると感情論になりやすい。

そこに、この判断は間違えてもリカバーできるかという軸を入れると、かなり整理しやすくなります。

Warren Buffettは「事業運営」を任せても「資本配分」は手放さない

どんどん大物が登場します(笑)

Berkshire Hathawayは極端に分権的な会社として知られています。

Warren Buffettは1996年のOwner's Manualで、子会社の日常経営について、ほとんど「abdication=放棄」に近いところまで任せていると表現しました。

当時約3万3,000人の従業員に対し、本社スタッフはわずか12人でした。

ではBuffettとCharlie Mungerは何をしていたのか。

主な役割は、資本配分と主要経営者に関する判断でした。

子会社がどの商品を作るのか、誰を営業部長にするのか、価格をいくらにするのかまで本社が判断するわけではない。

しかし、事業が稼いだ資金を次にどこへ配分するかについては中央が握る。

つまり、

事業運営は現場へ任せるが、会社全体の資本配分はトップが担う。

何でも分散すればよいのではなく、意思決定の種類によって中央集権と分権を使い分けています。

宮田 昇始氏は、早々に「CEOという役職」まで手渡した

SmartHRでは2022年1月、創業者の宮田 昇始氏から芹澤 雅人氏へCEOが交代しました。

当時、SmartHRはすでにユニコーン企業と目されてはいましたが、未上場のスタートアップのトップが会社の次の成長段階を考え、自らCEOを退任したとのニュースは、日本ではあまり例がなく、話題となりました。

権限委譲の対象は営業や採用担当だけではなく、CEOという自分のポジション自体も、会社にとって適切な人へ委譲する対象になるのです。

もちろん、すべての創業者が、もっと早期にCEOを退くべきだという話ではありません。

大切なのは、自分が創業者だからCEOを続けるのが当然、とは考えない感覚だと思います。

CEOも会社に必要な一つの役割に過ぎません。

ここまでの経営者は、同じ「権限委譲」でもやっていることが違う

こうして並べてみると、面白いことが分かります。

松下 幸之助氏は、事業単位で経営者を増やした。

稲盛 和夫氏は、組織自体を小さな経営単位へ分けた。

本田 宗一郎氏は、自分が最も得意だった技術領域への介入を減らした。

柳井 正氏は、自身が強く経営へ関わりながら次世代経営者を育成している。

南場 智子氏は、高い人材基準と大きな裁量を組み合わせる。

藤田晋氏は、事業ごとに自分の関与の濃さを変える。

福島 良典氏は、意思決定に必要な情報まで広く共有する。

宮田 昇始氏は、CEO職そのものを、早々に次の経営者へ渡す判断をした。

Jeff Bezosは、リカバーできるかどうかで決定権を分けた。

Warren Buffettは、日常運営は任せても資本配分を中央に残した。

誰か一人のやり方をコピーすればいいわけではありません。

共通しているのは、「社長が全部決める」という状態をそのままにしていないことです。

「部下の70点を我慢する」は、少し違うと思う

また、権限委譲については、「自分なら100点を出せても、部下の70点を我慢しなければいけない」とよく言われます。

私は、この表現には少し違和感があります。

経営者が受け入れるべきなのは、品質の低下ではなく、自分とは違うやり方で、必要な基準を満たすことではないでしょうか。

求める品質を満たしている。目的も達成できる。会社が許容できるリスクの範囲にも入っている。

それでも、「自分ならこの資料にはしない」「自分ならその順番で説明しない」「自分ならその価格にはしない」と感じることがあります。

そこで毎回、自分の方法へ戻してしまえば、最終的なReal Authorityはいつまでも社長のままです。

会社を大きくする過程では、「自分と違う」と「間違っている」を分けて考える必要があります。

「右腕がいない」という悩みも、少し考え方を変えていい

もうひとつ、創業経営者からよく聞くのが、「右腕がいない」という悩みです。

しかし、創業者と同じように、商品が分かり、営業もでき、数字も読めて、採用も分かり、重要顧客との関係もあり、交渉もでき、会社の歴史まで知っている人を探そうとしても、なかなか見つからないのは、むしろ自然です。

しかも、仮に万能なNo.2が見つかったとしても、創業者一人への依存が、創業者とNo.2の二人への依存に変わるだけかもしれません。

松下電器も、京セラも、ファーストリテイリングも、Berkshire Hathawayも、万能な右腕一人に会社を預ける方式ではありません。

複数の責任者が、それぞれの領域で判断できる状態を作っています。

だから、

「自分の代わりを探す」より、「自分を通さなくてもよい意思決定を増やす」

と考えた方が現実的だと思うわけです。

実務では「営業を任せる」だけではなく、意思決定まで分解する

では、実際にはどこから変えればいいのでしょうか。

「営業を任せる」「商品を任せる」「採用を任せる」では、まだ大きすぎます。

営業だけでも、ターゲット企業を決める、商談する、提案内容を決める、価格を決める、値引きする、契約条件を変更する、赤字案件を受ける、取引を断る、といった複数の判断があります。

例えば、通常価格の商談は営業責任者が自由に決める。10%までの値引きも自由。10〜20%なら事前共有。20%を超える場合は役員承認。赤字案件と特殊契約だけCEO承認とする。

ここまで細分化できれば、「営業は任せています」という曖昧な状態から、本当に何が委譲されたのかが見えてきます。

権限委譲は、人単位でも部門単位でもなく、意思決定単位まで分解した方が実務では使いやすいと思います。

任せるか迷ったら、四つを見る

意思決定をどのレイヤーに任せるかを迷った場合、少なくとも四つを見るとかなり整理できそうです。

まず、情報がどこにあるか。顧客や商品の事情を現場が最も知っているなら、現場へ寄せた方が合理的です。一方、会社全体の資金や他事業との関係を見なければ判断できないなら、経営側が関与する意味があります。

次に、やり直せるか。AmazonでいうTwo-Way Doorなら、なるべく下で速く決める。リカバーできない判断は上で行う。

三つ目が、失敗した場合の影響範囲。一案件だけで済む失敗なのか、会社全体のブランド、財務、安全に波及するのかで、判断すべきレイヤーは変わります。

最後が、決める人の経験です。同じ1,000万円の判断でも、過去に何十回も経験した人と初めて担当する人では任せ方が違って当然です。

さらに、権限譲渡に絡む、法令、倫理、安全、重大な信用問題、顧客資産、会社存続に関わる財務リスクなどについては、通常より一段強いチェック体制を用意すること。

このレベルまで決めておくだけでも、「何事も社長に聞いた方が早い会社」からはかなりフェーズが変わることと思います。

成長した経営者が最後まで握るべきものは、案外少ない

ここまで見てくると、会社が成長した後においても、経営者が手放すべきではないものは、それほど多くないように思います。

会社をどこへ向かわせるのか。

誰を経営者や責任者にするのか。

会社のお金をどこへ振り向けるのか。

会社を壊しかねないリスクをどこまで取るのか。

そして、どんなことだけは絶対にやらないのか。

日常の価格変更、通常の採用、一般的な営業案件、商品の細かな改善、広告クリエイティブまで、毎回、経営者が判断する必要はなくなっていきます。

その代わり、大型M&A、資本政策、経営者人事、会社の存続に関わる投資、重大なガバナンス問題にはコミットしまくる。

成長後の経営者に必要なのは、何でも自分で決める能力より、自分がコミットすべき判断を選べる能力なのだと思います。

会社が成長すると、経営者の仕事そのものが変わる

創業期の経営者には、自身で正しい判断をする能力が強く求められます。

最初の商品を決め、最初の顧客を取り、最初の社員を採り、資金を集め、会社を生き残らせる。

この段階では、経営者本人の能力が会社の生死・成否に直結しますが、会社が大きくなるにつれ、経営者に求められる役割も変わってきます。

自分が売るのではなく、売れる人を増やす。

自分が問題を解くのではなく、問題を解ける責任者を作る。

自分がすべて判断するのではなく、必要な人が必要な情報を持って判断できるようにする。

そして最終的には、「誰が決めるべきか」を決めることの比重が高くなっていきます。

創業期に会社を成長させた能力と、その後に会社を成長させる能力は同じではありません。

また、これまで見てきた著名経営者のように、創業期に圧倒的に活躍した人たちほど、その成功体験の多くを手放す必要が出てくるものなのです。

権限委譲の目的は、社長を暇にすることではない

権限委譲という言葉からは、社長の仕事を減らす、部下に仕事を渡す、なるべく口を出さない、といったイメージを受けやすいと思います。

でも、本当に作りたいのは、社長が暇な会社ではありません。

社長を通さなくても、良い判断ができる会社です。

そのためには決定権だけでは足りません。

判断に必要な情報も渡す。

目的や優先順位も伝える。

越えてはいけない一線も決める。

任せた範囲での一定の失敗は受け入れる。

一方で、監査や安全のように独立性が必要なところには別のチェックを置き、経営者にも越えられないラインを設ける。

こう考えると、権限委譲は「任せるか、任せないか」の話ではありません。

どの意思決定を、会社のどこで行うかという経営そのものの話です。

創業者が一番働き、一番詳しく、一番うまく判断できる。

創業期には、それが会社の大きな強みになります。

しかし、いつまでも「社長がいないと重要なことが決まらない会社」のままだと、その強さがやがて会社の成長の障害になります。

会社が創業者個人の時間、体力、経験を超えて大きくなれるか。

権限委譲は、その境目にある問題なのです。

それでは、またこちら、はっちょんブログでお会いしましょう!

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