哲学×海──問いは、波のようにやってくる
全知全能の高卒|2025年7月
🐚 問いは、海のようだ。
深くて
境界がなくて
すべてをのみこんで
それでもいつも、岸辺に打ち寄せてくる
問いは、海のようだ。
🌊 思考は波。自我は砂。
哲学するとき、私たちは問いという波にさらされている。
時に思考は高くうねり、時にさざ波のように静かにささやく。
「これでいいのか?」という波が、何度も打ち寄せてくる。
そしてそのたびに、“わたし”という砂のかたちが変わる。
🐬 潜ろうとする者、浮かぼうとする者
ある人は、問いに潜ろうとする
ある人は、浮かんだまま波を受け流す
どちらが正しいわけでもない。
でも、「波を感じた」その感覚だけが、哲学のはじまりになる。
🪸 海底には、まだ誰も見たことのない問いがある
哲学の歴史は長い。でも、まだ誰も知らない問いがきっとある。
海の底に、静かに眠っている。
その問いは、誰かの“矛盾”や“痛み”の形で浮かび上がってくるかもしれない。
🗣 波の音に耳を澄ませる
問いは、声じゃないかもしれない。
明確な言葉にならず、**「なぜか気になる」「言葉にできないけどおかしい」**という形で訪れる。
それでも耳を澄ませると、波のようなリズムで、何かが聞こえてくる。
哲学は、知識の山に登ることじゃない。
ときには、波のままに揺れることも、哲学だと思う。
あなたのなかで哲学は、もう始まっていた。
