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僕と憧れとPC88mkIISRと:「やってみるかい?」という一言で、高嶺の花が僕の前に舞い降りた!の巻。

1986年の8月。僕は北海道に転校しました。

新しい環境への不安と期待が入り混じる中、夏休み明けから中学校に通学することになったのですが、そこでまず驚いたのが「夏休みの短さ」です。本土ではまだ残暑が厳しい8月の終わり、たしか24日くらいには、もう2学期が始まっていたような記憶があります。

見知らぬ土地での生活。しかし、そんな不安を溶かしてくれたのは、いつの時代も子供たちの共通言語であるゲームでした。以前にもお話ししたように、ファミコンの話題を通じて少しずつ新しい友達ができるようになり、友人が購入した「セガ・マークIII」に触れることで、僕の中で新しい世界の扉が音を立てて開き始めました。

転校という人生でそこそこデカいイベントも相まって、当時の生活は、漂っていた空気の匂いや肌で感じた温度が今でも鮮明に蘇ってくるほど、強烈な記憶として僕の心に刻まれています。


日曜日の居間、運命の出会い

ある日のことです。そう、あれは本土より一足早い冬の到来を感じさせた、10月の日曜日だったと思います。

招かれた友達の家で、ある「偶然の出会い」がありました。通された居間に、友達のお父さんがいて、何やら機械を触っていたのです。それはファミコンでもマークIIIでもない、もっと重厚で、知的なオーラを放つメカニック——そう、パソコンでした。

友達のお父さんは何やらゲームをプレイしているようで、僕はそれが気になって仕方がありません。チラチラと画面を覗き見ている僕の視線に気づいたのか、お父さんは優しく声をかけてくれました。

「やってみるかい?」

その言葉に甘えて座った席の前にあったのが、PC88mkIISR。後にホビーユースパソコンの名機として語り継がれることになるマシンでした。


「別次元」からやってきた2つの冒険譚

そこで体験したゲームは、今でもはっきりと覚えています。アドベンチャーゲームの『アルファ』と『ウイングマン2』です。当時、ファミコンがゲーム世界の中心だった僕にとって、その2作はあまりに別次元のモノに映りました。まさに釘付けです。

1. スクウェアの挑戦:美しき『アルファ』

『アルファ』は、後に『ファイナルファンタジー』を生み出すことになる「スクウェア」からリリースされたSFアドベンチャーゲームです。

まず目を引いたのは、主人公のクリス。一目で魅了されるほど美しい彼女に、キーボードから直接「カタカナ」で指示を入力して物語を進めていきます。これがまた難しい!指示をミスすると物語が詰んでしまったり、大切なアイテムを失ったり……。当時のパソコンゲームは総じて難易度が高かったのですが、『アルファ』も御多分に洩れず硬派な仕様でした。

しかし、何より驚いたのは、クリスの表情やしぐさが「アニメーション」することでした。時にはエロティックなシーンもあり、中学生の僕には刺激が強すぎたんですけど(血)。画面の中のクリスに人格が存在しているような、不思議な実在感を感じたのです。

当時のスクウェアは、同時期に『クルーズチェイサー ブラスティー』というRPGも発売しており、こちらも戦闘シーンでロボットがアニメーションする仕掛けがありました。美麗なビジュアルとキャラクターで地位を築くスクウェアの遺伝子は、すでにこの頃から萌芽していたのですね。

2. エニックスの躍進:ポップな『ウイングマン2』

もう一本の『ウイングマン2』は、エニックスから発売された作品です。原作は「週刊少年ジャンプ」で連載されていた桂正和先生の人気漫画。僕も大好きでした。

ゲームのグラフィックは、桂先生の描くヒロイックな主人公と、脇を固める魅力的な女性キャラクターを実に見事に再現していました。ポップでカラフルな色遣いは、当時の僕に「アドベンチャーゲームの未来」を見せてくれたような気がします。

必殺技でとどめを刺すバトル要素もあり、その後主流になっていくコマンド選択式アドベンチャーの萌芽が見られました。エニックスといえば、同じ年にファミコンで『ドラゴンクエスト』を発売し社会現象を巻き起こしていましたが、パソコンの世界では、多くの名作アドベンチャーを世に送り出していく老舗メーカーだったのです。


ドラマティックな「宿命」のライバル

今振り返ってみると、スクウェアとエニックスという2社が、1986年というこの時期にパソコン用アドベンチャーゲームでしのぎを削っていた事実に震えます。

後に『ファイナルファンタジー』と『ドラゴンクエスト』という国民的RPGで良きライバル関係を築き、そして2003年には「スクウェア・エニックス」として合併する……。なんてドラマティックな展開なんでしょう!


「紙」の中から溢れ出すゲーム愛

実は、僕は小学生から中学生に移り変わる時期に、じわじわとパソコンゲームへの憧れを育てていました。その火種となったのが、当時読み始めたゲーム情報誌『Beep』と『マイコンBASICマガジン(ベーマガ)』です。

この2誌からは、とにかく強烈な「ゲーム愛」を感じました。

  • 企画の切り口がとにかく斬新で楽しい!

  • ライターさんの語り口がまるで知り合いのようで親しみやすい!

  • スクリーンショットに添えられた、愛のある(時として毒のある)注釈が面白い!

なんなら、最新ソフトが並ぶ広告ページさえも、僕にとっては立派なコンテンツでした。ボロボロになるまで、何度読み返したか分かりません。


「高嶺の花」への感謝

さて、ここで現実的なお話を少し。 当時のPC88mkIISRが一体いくらだったのか。気になって調べてみました。

PC88mkIISRには3つのグレードがありましたが、真ん中の「model20」でお値段はなんと21万3千円。……うん、まあ、中学生のお小遣いでは到底届かない、文字通りの「高嶺の花」でございました(黙)。

そんな高価なマシンを、転校してきたばかりの僕に快く触らせてくれた友達と、そして「やってみる?」と声をかけてくれたお父さんには、今でも感謝の気持ちしかありません。あの時、あの居間で体験した数時間がなければ、僕の人生の彩りは少し違ったものになっていたはずです。

あの日の2作のアドベンチャーゲームを皮切りに、僕の好奇心は止まらなくなりました。 日本ファルコムの『イース』シリーズや『ソーサリアン』シリーズ、コナミの『スナッチャー』、エニックスの『ジーザス』や『アンジェラス』、マイクロキャビンの『幻影都市』等々……。

新しい刺激に触れるたび、「なんてゲームって素晴らしいんだ!」という感動が積み重なっていきました。

1986年の北海道。ぶるっと震える初冬の風と、PC88mkIISRから放たれる熱気。 あの日から僕のゲーム経験値はどんどんと膨れ上がり、本格的にゲーム人生に拍車がかかっていったのでした。

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