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一番思い出に残っているのは、あの苦しくも愛おしい「ファミコン版ドラクエⅡ」なのさ!

一番思い出に残っているドラゴンクエストシリーズを挙げてくださいと尋ねられたら、結構悩んでしまうのですが、ファミコン版のドラゴンクエストⅡ悪霊の神々(以下ドラクエⅡ)と答えます。ドラクエⅡは1987年の1月にリリースされているので、来年の年明け早々に40周年記念日を迎えることはなります。なんといいますか、そりゃ歳をとるわけです(しみじみ)。

イトーヨーカドーで手に入れたラストワン

どうしてファミコン版のドラクエⅡを一番に選ぶのかといいますと、RPG経験がまだまだ浅い当時の僕にとって、色んな楽しさと苦しさを感じた一作だからなんです。1986年の5月に発売された初代ドラクエから僅か8ヶ月のスパンでリリースされたドラクエⅡ。初代ドラクエにのめり込んだ熱気が冷めやらぬままにプレイできたのも大きな要因かもしれません。ファミコンのドラクエといえば、社会現象&問題になった買うための大行列が有名ですが、ドラクエⅢに先んじて、ドラクエⅡの頃からプチ行列や売り切れが起きていたようです。かくいう僕もファミコンショップを回っても買えなくて、たまたま家族で旅行帰りに寄ったイトーヨーカドーでラストワンの一本を手に入れた経験があります。こういう生活の一コマを含めて、ドラクエⅡの思い出に昇華されてます。

トラウマ級!?手汗握るロンダルキアの恐怖

ファミコン版ドラゴンⅡといえば、リアルタイムでプレイしていない方々でも、シリーズ屈指の難易度の高さということを耳にしたことがあるのではないでしょうか。一説によると、ゲームバランスの調整に十分な時間をかけられないままリリースされたため、荒削りな難易度バランスになってしまったそう。とはいえ、当時はRPGのみならずアクションやアドベンチャーでも難易度はかなり高かった(ユーザーフレンドリーではなかった)印象です。

ファミコン版ドラクエⅡの難易度の高さを語るものとして有名なのが、終盤に訪れるロンダルキアへの洞窟、ロンダルキアの雪原、ハーゴンの居城です。勇者の子孫である三人組の一人でも欠けると進行が絶望的になる旅路。そしてそこにヤル気満々でエンカウントしてくるハーゴン軍のモンスターたち。ブリザード、デビルロード、アークデーモン、キラーマシンと対峙したときの緊張感たるや...手に汗握るってこのことだったんだなぁ(汗)。

写し間違いに泣いた「ふっかつのじゅもん」

ファミコン版ドラクエⅡまでは、セーブはふっかつのじゅもん(パスワード)でしたから、全滅したときの脱力感は半端なく。パスワードは最大52文字!こう書くとそれほど苦労しそうにないのですが、当時はスマホで写メることなんてできないですし、必然的にノートに逐一書き留めるわけです。そしてブラウン管テレビ特有の画面の滲みが仇となって、濁点と半濁点を書き間違えちゃったりして...「じゅもんがちがいます」に慄く当時の僕でしたぜ!

レベリングを頑張って無双できるまで成長させれば良いのでは!なんて思うでしょ?キャラクター毎にレベルキャップがあるんですよぉぉぉ!レベルキャップまで最大にレベルを上げても油断できない難易度なんですよぉぉ!さらにドラクエおなじみのステータスアップの種もまだ出てきていないので、種ドーピングもできないのでした。ストロングスタイル過ぎるぜ...よっ!男前!

苦難を乗り越えて染み入る「この道わが旅」

楽しさに勝る苦労の数々が頭をよぎるわけですが、だからこそ今でも強烈に記憶に刻まれているのだと思います。苦労を乗り越えた先にあるエンディングは、すぎやまこういち先生の「この道わが旅」をバックに、目頭が熱くなること間違いなしです。ハッピーに包まれた放心状態とでもいいましょうか、テレビゲームって、そしてドラクエって素晴らしい!と本気で叫んでしまいそうでした。

クラスの誰も信じてくれなかった、レアドロップ体験

最後に、ファミコン版ドラクエⅡで印象的だったのは、複数のレアドロップアイテムです。これについてはあまり語られることがない印象があるのですが、お店や宝箱からでは入手できないレアアイテムがしれっと獲得できたときの驚き!「ふしぎなぼうし」とか「ふっかつのたま」とか、「あくまのよろい」に「しにがみのたて」とか。見つけたことを翌日教室で友達に説明しても信じてもらえなかったり...。確率の引きが良かったといえばそれまでですが、当時の僕はウィザードリィなどのハクスラ経験もなく、とにかく神秘的でドラクエⅡの世界観が広がる思いがしたもんです。

そんなこんなで長々と語ってしまいましたが、改めてファミコン版ドラクエⅡが大好きな自分に気付かされました。みなさんが一番思い出に残っているドラクエシリーズは何でしょうか?


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