立ちのぼる湯気を眺めて
夫がたまに見返している動画がある。
それは、およそ7年前、一緒に暮らしてまだ半年くらいの時期に撮られた一本の動画。
撮影者夫、出演者私。
いわゆるホームビデオだ。
電子レンジでチンしてホカホカにあったまった冷凍ご飯のタッパーを、キッチンのコンロの上にある換気扇に向かって、高く掲げている場面からその動画は始まる。
私は当時26歳。弟が学生時代に着ていた部活の名前入りTシャツを、もう着ないということでお下がりでもらい、部屋着として着用していた。
特にそのTシャツに思い出も思い入れもなく、ただ部屋着枠の手持ちの一枚に過ぎず、深い意味は全くないのだが、結婚したばかり、いわば新婚の妻が着る部屋着としてはなかなか攻めたセレクトだったと思う。
そして、普段社会では隠し通して過ごしているおでこを全開にして、前髪をちょんまげにしていた。
なかなか隙だらけのリラックススタイルだ。
まさか、その後何年にも渡って何度も見られる動画を撮られるとは夢にも思ってもみなかった。
撮られると分かっていたら、もう少し身なりをまともに整えていただろう。
そんな無防備な姿の私が、なぜ、換気扇に向かってタッパーを掲げていたかというと、ずばり、
「湯気が吸い込まれていくのが面白かったから」
レンジでチンしたてのタッパーの蓋を開けると、湯気がじわ〜っと立ちのぼる。
それを見た時に、ちょうどつけっぱなしだった換気扇にタッパーを高く掲げて近づけてみた。
そうするとスルスルとご飯から立ちのぼる湯気が吸い込まれていくのが面白かった。しばらく眺めていた。
気づくと横から夫がスマホで動画を撮り始めた。
おかしな様子の妻を残しておこうと思ったのだろうか。
「ねえ、何で撮ってるの?」と聞くと、楽しそうにこちらを見てくる。
「恥ずかしいからやめて?」と笑いながら言うと、その直後に「ピンポーン」家のインターホンが鳴った。
私は我に帰ったように「あっ」と声が出て真顔になって玄関の方に向かおうとする。
そこでこの動画は終わる。
この動画を夫は何度も何度も見返している。
7年にも渡って。
さすがに毎日は見ていないけど、ふとした時、忘れた頃に見て、にやにや楽しそうに笑っている。
だいぶ物好きだ。
時折私の方にもその動画を見せてくる。何回見てもすごい生活感。「また見てるんかい!」と笑う。
何がそんなに面白いか分からないけど、強いて言うなら、湯気を換気扇に近づけ吸わせにいく奇行と、ニヤニヤヘラヘラ油断してたところに、タイミングよく社会を思い出させるインターホンが鳴り、驚いて我に帰った私の落差がツボなのかもしれない。
ダラダラ続かず、そこでバシッと動画が切れるタイミングも絶妙。やばいやつのおかしな行動と笑い、オチがこの数秒に詰まってるのかもしれない。夫の中で何がが"バズった"のかもしれない。
もちろんこの動画は、会社で言うところの社外秘で、到底世の中にお見せできない。どこのSNSにも載っていない。夫のフォルダにのみぞある。
それを今回特別に、文章にて、本邦初公開というわけだ。自分で書いてていろんな意味ではっず。
SNSのリールやショート動画など、今は短い時間で笑える、人を惹きつける面白い動画がたくさん世に出回っている。
夫が繰り返し見ているお気に入り動画の一つとして、何年も前の妻の奇行を見てニヤニヤしてる夫は何とも愛おしくてかわいい。
何がそんなに面白いんだろうね〜。
よく飽きないよね。
でも、気を抜いた姿でどうってことないシーンを大事そうに見てくれてるのは、悪い気はしない。
あれ以降、換気扇に積極的に湯気は吸わせにいってない。
通常の使用方法で、料理の時、鍋から出る湯気しか吸わせていない。
今度いい感じに湯気が出るチンができたら、夫に秘密で久しぶりに吸わせにいってみようかな。
【あとがき】
今回、いつもnoteを読ませていただいてる紬羽さんから #エッセイしりとり のバトンをいただきまして、こちらの記事を書いてみました。
バ、バトン?バトンだなんて学生以来。しかも学生の時も実際にそういうのをやったことなかったので、大丈夫かな?となんだかそわそわドキドキしました。
でも、嬉しかったです。貴重な機会をありがとうございました。
タイトルの一文字目が決まってるだけで、今自分が書ける内容の中で何を書こうか、やたら考えて悩みました。
「た」や「だ」から始まる言葉を羅列してみて、極論何の内容でもタイトル工夫すれば何でもありか?と吹っ切れたり、皆さんちゃんとエッセイだしどうしよう、となった挙句、タイトルはなんかそれっぽい雰囲気でいい話っぽく見せかけて、だけど内容はくだらないしょうもない話みたいなところでフィニッシュとしました。もう難しく考えすぎない。えいや!
主催は、マイキーさんの #エッセイしりとり です。素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。
▼紬羽さんの記事
紬羽さんと愛犬"柴さん"のかわいい姿が浮かんでくる、ホッコリ心温まるエッセイです。
私は「た」から始まるタイトルで書きました
▼主催者のマイキーさんの記事
そして、バトンを回すということで、
このお二人に回してみようと思います。
ナツメグさん。ナツメグさん節が効いていて、彼女の書く文章はクセになります。言葉選びと表現が素敵で、どんどん惹き込まれていきます。
たかざわさん。群馬県の記事も執筆されています。読みやすくてあったかさを感じる文章が好きでいつも楽しく読ませていただいてます。
締め切りが8/31ということで、日が迫っているので、ちょっとというかかなりムチャブリな気はしたのですが、せっかくいただいた機会なので「バトンを回す」という行為をしてみたくて、誠に勝手ながら回させてもらいました。
いやーでも忙しいかな、こういうの参加しない主義かな、考えることとかタスク増やしてストレスになっちゃったら本当にごめんなさい。
私は人見知りで、普段あまりこういう企画に参加をしたりする書き方をしないので、ちょっと今回は大冒険、チャレンジングスピリッツでやってみました。
これは強制ではないので、無理しないでスルーしてもらっても全然大丈夫ですからね!でももし気が向いたらぜひ読みたいです!
▼エッセイしりとりについて
①エッセイのタイトルでしりとりをしていきましょう。
バトンを回してくれた人の記事タイトルの最後の一文字を受け取り、その文字から始まるタイトルでエッセイを書いてください。
※私のタイトルは「立ちのぼる湯気を眺めて」なので、次の方は【て】あるいは【で】ではじまるタイトルをお願いします。
②「#エッセイしりとり」を付けて下さい。
③可能であれば、バトンを2名にまわすそうです。1名でも、まわさなくてもokです。
④忙しかったらパスでも勿論OKです。
⑤文字数は、140〜3,000文字程度だそうです。
⑥期間は2026年8月12日〜8月31日23時59分までです
詳細はマイキーさんの記事をご覧ください。
お読みいただきありがとうございました。
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