路地裏の家族に、カレーを教えてとお願いした日
スリランカの小さな海辺の街で、思いがけない出会いがあった。
細い路地を歩いていると、赤ちゃんを抱いたお母さんと、娘たちが家の前に立っていて
「Hello〜」なんてにこやかに声をかけたら
「お茶を飲んでいく?」と、その中の1人の女のコが恥ずかしそうに英語で誘ってくれた。
現地の人が普段どんな紅茶を飲んでいるか興味津々だったし、なにしろ女のコたちが可愛くて、お誘いにまんまと乗ってしまった。
家の中に入ると、リビングに置いてあるのはテーブルだけで、ガランと音がしそうなくらい何もなかった。
ついていないテレビが、所在なさげにそこにあった。
突然の告白
お茶を飲みながら娘たちにスリランカ語を教わった。英語がいくらかわかる女のコは、とっても楽しそうに私の質問に答えたり、私が渡した紙にスリランカ語を書いてくれたりしていた。
その女のコに向かってお母さんが何やら話しかけている。
最初は聞いていないフリをしていたけど、お母さんからしつこく何かを催促されているようで、観念したように、小さな声で言った。
「ウチはお金がないの」
目がキラキラしてとても明朗なその女のコは、私の娘と同じ15歳だった。他人事じゃなくなってしまった。
テレビが壊れてしまったから、テレビが必要だ。
とお母さん。
お母さんはとても痩せていたし、娘たちは全員で5人いる。
助けてほしい
というその家族に、少しお金を渡して帰る選択肢もあったかもしれないけど、私はそれをしたくなかった。
このキラキラした眼差しを曇らせずにいるにはどうしたらいいんだろう。大好きなお母さんを大好きなままでいるにはどうしたら。
……いやいや、それ自体がもう私のエゴで、何かをしてあげようなんて、傲慢な話なんだよな。
考えた末、すまなそうに通訳してくれた女のコに私は言った。
「私にスリランカカレーの作り方を教えて欲しいの。」
「え?」
一瞬、女のコは意味がわからないという顔をした。
それから私の言葉を頭の中でゆっくり並べ直しているようだった。
「カレー?」
「そう。お母さんのカレーを教えてほしい。美味しいんでしょ?」
そう伝えた瞬間、女のコの顔がぱっと明るくなった。
ココナッツを削りながら一緒にカレーをつくる
約束をした18時にまたその家族の家に向かうと、女のコは嬉しそうに外に出て待ってくれていた。
中には漁師のお父さんと仕事から帰ってきた長女もいて、さっそくカレー作りが始まる。
台所もリビングと同じでほとんど何もない。

お母さんは慣れた手つきで野菜を切り、座りながら軽快にココナッツを削っていく。甘い香りが台所に広がった。
私も挑戦するけど全然うまくできなくて、娘たちはゲラゲラ笑ってとても楽しそう。笑い声が路地まで漏れていったんじゃないかと思う。
お母さんの魔法
私が調味料を興味津々に見ていると、すぐに女のコが教えてくれる。「クルンドゥ」「カラピンチャ」「ミリス」——聞いたことのない言葉を繰り返すたびに、女のコはうれしそうに笑って、私の鼻に瓶を近づけてくれた。
鍋の中でスパイスが油と混ざると、一気に香りが立ち上がって、台所の空気が変わる。
2種類のスリランカカレーは、驚くほどあっという間にできあがった。
キャベツのカレーと豆のカレーだ。

ひとくち食べると、まずココナッツのやわらかい甘みが広がって、そのあとからスパイスが層になって追いかけてくる。辛さは強くないのに、じんわりと身体が温かくなる。素朴なのに、ちゃんと深い。
「ああ、これが本当のスリランカカレーなんだ」と、すっと腑に落ちた瞬間だった。
お父さんが獲った魚の素揚げも、サクサクとして最高のアクセントだった。
「あなたのお母さんのカレーは、私がスリランカで食べたどのカレーよりも一番美味しい!」
そう伝えると、女のコは誇らしそうで、嬉しそうで、両方をごちゃ混ぜにした顔をしていた。
教えてもらったお礼として、昼間たまたま見た料理教室と同じ額をお母さんに渡す。
娘たちに教わったスリランカ語で「ストゥーティ!(ありがとう)」と伝えて家をあとにした。
何をすればよかったのか
世界に出ると何をすればよかったのか、自己満足じゃないのか、全然わからなくなっちゃう時がたびたびやってくる。
あの時の選択が正しかったのかは今でもわからない。
本当はお金を渡した方がよかったのかもしれないし、何もしない方がよかったのかもしれない。
ただ一つだけ確かなのは、あの日私は「助ける人」と「助けられる人」になりたくなかった。
私はカレーを教わりたかったし、娘たちは私にスリランカ語を教えてくれた。
だからあの日のことを思い出すと、「お金」のことではなく、みんなで笑いながらココナッツを削った時間を思い出す。
そしてあれが、私がスリランカで食べた一番美味しいカレーだった。きっとそれは、あの台所の笑い声が、一緒に煮込まれていたからだと思う。
おしまい
