「私の育て方が悪かったのかも…」その声は、本当にあなた自身の声ですか?
「学校に行っていないのだから、甘やかすな」
「親の育て方に問題があるんじゃないか」
ネットを開けば、あるいは周囲の何気ない言葉として、そんな声が冷たい刃のように飛んでくることがあります。
いじめや学校の合わないシステムなど、外的な要因で傷つき行けなくなることも多々あるのに、背景を知ろうともしない外野の声に、強い憤りを感じるのは当然のことです。
ただでさえ先の見えない不安の中で、一生懸命にお子さんと向き合っているのに、誰にもわかってもらえない孤立感。
そして、何とかしたいと必死に頑張っているのに、空回りしてしまう虚しさ。
「私のせいで、この子はどうなってしまうんだろう」という不安を抱えながら、お子さんの将来を誰よりも心配しているのは、親御さんご自身のはずです。
だからこそ、焦りから、ついお子さんに強く言ってしまうことがある…。
つい詰めるような言い方をしてしまい、ますます心を閉ざすお子さんを見て、また「私の対応が悪かったからだ」と自分を責めてしまう。
そんな「親が解決しなければ」という重圧を、もう一人で抱えなくて大丈夫です。
なぜ、これほどまでに親は自分を責めてしまうのか
私は日々、不登校に悩む親御さんたちのお話を伺っています。
そこで強く感じるのは、不登校という状況は、学校環境、本人の特性、対人関係など、いくつもの要因が複雑に絡み合った結果であり、決して「育て方のせい」「甘やかし」というような単純なものではないということです。
それなのに、なぜこれほどまでに親御さんは自分を責めてしまうのでしょうか。
現場で見ていて思うのは、不登校に関しては、解決への責任が親一人、とくに母親に集中しやすい空気があるということです。
例えば、学校から「ご家庭での関わり方を見直してみてください」と言われる。
そしてネットで調べると「親の対応次第で変わります」と書いてある。
実母からは「もっと厳しくしたら?」と言われる。
こうした言葉の一つひとつは、悪意から出たものではないかもしれません。
しかし、それらが積み重なっていくと、親御さんの中にある種の「図式」ができあがっていきます。
「この子が学校に行けないのは、私の対応が間違っているからだ」…という図式です。
この図式が厄介なのは、一度できあがると、外からの声がなくても自分の中で自動的に作動し始めることです。
お子さんが少し元気な日に「あの声かけがよかったんだ」と思い、翌日また塞ぎ込むと「やっぱり私が悪いんだ」と思う。お子さんの状態の波が、すべて自分の対応の成績表のように感じられてしまう。
お子さんの状態は、あなたの「成績表」ではありません
しかし、お子さんの状態は、学校環境、本人の特性、対人関係、体調、季節、さまざまな要因が絡み合って揺れ動いています。
その複雑な動きのすべてを「自分の対応の結果」として引き受けてしまうのは、そもそも無理のある構造なのです。
あなたも、どこかで思い当たるところがあるのではないでしょうか。
もし今、「お子さんの調子が悪い日=自分のせい」という反応が自動的に起きていると感じるなら、それはあなたの性格や能力の問題ではありません。
外から繰り返し受け取ってきたメッセージが、心の中に深く入り込み、いつのまにか自分の声のように聞こえるようになっているだけかもしれません。
「私が悪い」という声を、少しだけ遠くに置く方法
こうしたことは、頭では違うとわかっていても、気持ちの上ではなかなか切り離せないものです。
もし少し余裕のある日に、ひとつだけ思い出してみてほしい見方があります。
お子さんの調子が悪い日に「私の対応が悪かったからだ」という考えが浮かんだら、そのときに、心の中でこう問いかけてみてください。
「この考えは、本当に今の私の気づきなのだろうか。それとも、これまで外から繰り返し向けられてきた言葉が、もう一度頭の中で鳴っているだけだろうか」
答えを出す必要はありません。立ち止まって問いかけるだけで十分です。
「私が悪い」という考えを、そのまま事実として受け取っているあいだは、とても苦しくなります。
けれども、「これは外から入ってきた言葉が再生されているのかもしれない」と気づけたとき、その考えは、いったん立ち止まって見直せるものに変わります。
そうすると、その考えをそのまま信じるかどうかを、少しずつ選び直せるようになります。
これは、自分を責めることを「やめる」方法ではありません。
長く繰り返されてきた思考の回路は、簡単には消えません。ただ、「あ、また再生されているな」と気づける瞬間が一度でもあれば、その回路に支配される時間が、ほんの少しだけ短くなります。
その「ほんの少し」の積み重ねが、あなたを外野の声の呪縛から、少しずつ自由にしていきます。
その重さを、あなた一人で背負わなくていい
最後に、一つだけお伝えしたいことがあります。
「親が解決しなければ」という声は、あなた一人に向けられるべきものではありません。
不登校は、学校、地域、社会の仕組み、さまざまなものが絡み合った問題です。
その重さを、たまたま一番近くにいるという理由だけで、あなた一人が背負わなければいけないなんてことはないのです。
にもかかわらず、その重さを背負ってしまっているのは、あなたが誰よりもお子さんのことを考えているからです。その事実は変わりません。
ただ、一つだけ知っておいていただきたいことがあります。
あなたの中で鳴り続けている「私が悪い」という声は、あなた自身が生み出したものではないかもしれません。
外から繰り返し届いた言葉が、いつのまにか自分の内側の声のように聞こえるようになっている。
そういうことが、実際に起こりえます。
その声の「出どころ」に気づけたとき、あなたとその声のあいだに、ほんの少しだけ距離が生まれます。
その距離が、これ以上あなたが自分を責め続けることから、あなたを守ってくれるはずです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この記事では、「私のせいかもしれない」という自責の声が、実は外から繰り返し受け取ってきた言葉の再生である可能性と、その声と少し距離を置く方法について、お伝えしました。
ただ、実際のご家庭では、
「自責の考えが止まらないとき、どこまで自分で対処できるものなのか」
「今の関わり方が、子どもにとってプレッシャーになっていないか」
「このまま一人で気持ちを整理し続けて大丈夫なのか」
などと、記事だけでは判断しきれない場面も出てくると思います。
私は、不登校対応で大切なのは、再登校を急がせることよりも、まず親御さんが安心して関われる土台を整えることだと考えています。
そのために、声かけや見守り方を整理するための記事を書いています。
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今いちばん困っていることを一緒に言葉にし、次に何を優先すればよいかを整理します。
