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剥がれていくのは、デザインの本質じゃない方

「10年かけて身につけた技術を、AIに一瞬で追い抜かれた」

こういう話を、最近よく見かけるようになりました。イラストでも、写真でも、デザインでも、だいたい同じ形の嘆きが出てきます。

僕はこれを読むたびに、半分わかるな、と思いつつ、半分だけ違和感が残ります。追い抜かれたのは事実だと思います。でも、追い抜かれたのは「デザイン」だったのか、という部分が引っかかる。

20年くらいこの仕事をやってきて、AGI(人間と同じかそれ以上に幅広く考えられるAI)と呼ばれるものまで話題に上がるようになった今、何が本当になくなって、何が残るのか。そして、その日が来る前に今できることは何なのか。

長くなりますが、順番に整理してみます。不安を煽る話にはしないつもりです。


結論

  • AGIが来ても、デザインの本質そのものは変わらないと僕は思っています

  • 本質は、課題に対してどういう道を作れば解決できるかを設計すること

  • 変わるのは、それを実現するために必要だった「制作作業」と「技術」の部分

  • つまり、デザインの本質が変わるのではなく、本質ではなかった部分が剥がれていく

  • ただし、手を動かした経験がなくなると、判断の精度は落ちる。ここは矛盾しません

  • そして、そのために今できることは、けっこう地味で具体的です(後半にまとめました)


第1部:何が剥がれていくのか

「作れること」の希少性は、たぶん本当に下がる

まず、都合のいい話はしないでおきます。

これまでデザイナーが仕事を成立させるために必要だった技術は、こういうものでした。

このあたりは、AIによる代替が進めば希少性が下がっていくと思います。「下がらない」と言い張るのは、たぶん誠実じゃない。

だからここでの結論はひとつだけです。

「作れること」だけを、自分の価値だと思わない方がいい。

これは「作る技術に意味がない」という話ではありません。あとで真逆のことを書きます。ただ、そこだけに自分の価値を置いていると、地面が動いたときに一緒に持っていかれる、という話です。

デザインの本質は、そこじゃなかった

じゃあ本質はどこにあるのか。

僕は「デザイン」という言葉を、わりと素直に「設計」という意味で捉えています。

社会の課題、企業の課題、目の前の一人が抱えている課題。それに対して、どういう道を作れば解決できるのかを考える。そして、グラフィックやWeb、UI、ビジュアルといった表現を使って、その道筋を実際に作る。最後に結果につなげる。

これがデザインの仕事だと思っています。

この定義でいくと、Illustratorを操作している時間も、Figmaでコンポーネントを組んでいる時間も、この流れの一部ではあるけれど、流れそのものではない。手は、道を作るための道具のひとつという位置づけになります。

だから、

  • AIが画像を作れるようになっても

  • AIがレイアウトを組めるようになっても

  • AIが戦略を考えられるようになっても

この本質自体は変わらないんじゃないか、というのが今のところの僕の考えです。

AGIによってデザインの本質が変わるのではなく、デザインの本質ではなかった部分が剥がれていく。

言い方を変えると、これまで「デザイナーの仕事」だと思われていたものの一部が、デザイナーの仕事から外れていく、ということだと思います。

剥がれたあとに残るもの

では、剥がれたあとに何が残るのか。並べてみるとこうなります。

こうして並べると、新しい能力がひとつも入っていないことに気づくと思います。全部、AI以前からデザイナーに求められていたものです。

つまり、AIが新しいスキルを生んだというより、もともとデザインの中心にあった能力が、仕事の中心に押し出されてきたという感覚に近い。


第2部:本質が手の中にないなら、手はいらないのか

ここで、さっきと逆のことを言います。矛盾しているようですが、両方本当だと思っています。

手を動かさなくなると、判断は鈍る

手を動かす経験がゼロになると、判断の精度は確実に落ちます。

たとえば、AIが出してきた案を見て「なんか違うな」と思ったとします。ここで、どこが違うのかを特定できるかどうかは、自分で作って外して直した回数に、けっこう素直に比例します。

字間なのか。行間なのか。ウェイトなのか。周囲との関係なのか。この切り分けは、自分で再現しようとして失敗した経験がないと、なかなか降りていきません。

つまり、

  • 本質は手にはない(設計にある)

  • でも判断の土台は手から来る(作った経験から来る)

この2つは同時に成り立ちます。手は目的ではないけれど、目を作るための入口ではある、という感じです。

だから僕は、「AIがあるから手を動かさなくていい」とも、「手を動かさない人はデザイナーじゃない」とも思っていません。どちらも、片方だけを見た結論に見えます。

審美眼は「かっこいいがわかる」ことじゃない

AI時代には審美眼が大事、という言い方もよく見ます。これも、言葉の意味を少し詰めておきたいところです。

僕がクライアントワークで使っている意味での審美眼は、「美しいものを選べる」「かっこいいデザインがわかる」ではありません。

プロジェクトの目的に照らして、クリエイティブの良し悪しを判断できること。

見た目として一番きれいな案が、その案件の正解とは限りません。何を達成したいプロジェクトなのか。誰に届けたいのか。その表現で何を起こしたいのか。そこまで含めて「この案がいい」と言えるかどうか。

だから審美眼は、経験年数とそのまま比例しません。

経験が浅くても、目的と成果を本気で考えている人は、経験者と同じ案を選ぶことがあります。逆に、長くやっていても見た目しか見ていなければ、違う判断になる。ここは、若手にとってわりと希望のある部分だと思っています。

「Webサイトを作ってください」から始めない

判断の前に、そもそも何を問うかという話もあります。

たとえば、クライアントから「売上を伸ばしたいので、Webサイトをリニューアルしたい」と言われたとします。

依頼内容はWebサイト制作です。でも、最初に考えるのはそこじゃない。

本当に、売上が伸びない原因はWebサイトなのか。

調べてみると、別のところに原因があることもあります。商品の見せ方かもしれないし、価格の伝え方かもしれないし、そもそも見込み客が来ていないだけかもしれない。

原因が変われば、解決策の選択肢も変わります。最終的にやっぱりWebサイトを作ることになったとしても、問題の捉え方が違えば、設計も表現も別物になります。

これはAI時代だから必要になった能力ではありません。昔からデザイナーに必要だった能力です。

ただ、AIが「答えを作ること」を高速化すればするほど、そもそも何を問うのかの重みは上がっていくと思います。答えを出すのが速くなっても、問いが間違っていれば、間違った答えに速く着くだけなので。

最適解が出ても、選ばないことがある

もう少し先の話をします。

AIが将来、案ごとに成功確率を出せるようになったとします。

  • A案:成功確率82%

  • B案:成功確率61%

数字だけならAです。でも、Bを選ぶことはあると思います。

「自分たちはこっちに行きたい」
「まだ世の中にないものを作りたい」
「確率が低くても、この方向に挑戦したい」

こういう判断です。そして、新しいものはたぶんそっち側から生まれます。過去のデータから最適解を出す仕組みは、構造として過去の外側には出にくいので。

もちろん、データを無視していいという話ではありません。読めないのは単に不利です。データを理解したうえで、それでもこちらを選ぶ理由を言葉にできる。そこが、人間が決める意味のひとつだと思っています。

「なんとなくBがいい」だと会議で勝てません。「Aは確実に届くが、既視感が強くてブランドの立ち位置が薄まる。Bは確率が下がる代わりに、狙っているポジションを取りにいける」まで言えると、選択として成立します。

個性は「選択の癖」に出る

誰でも大量にクリエイティブを生成できるようになると、次に出てくるのが「個性はなくなるのか」という不安です。

僕は、なくならないと思っています。ただ、出る場所が変わる。

同じAIを使って、同じクライアントの、同じ課題に向き合ったとします。それでも最終的に人間が選ぶなら、結果は完全には同じにならないはずです。

  • 何を問題として捉えるのか

  • 何を重要だと思うのか

  • 何を残すのか

  • 何を捨てるのか

この4つの選択に、その人の感性と経験と価値観が出ます。同じ「かっこいい」でも人によって違うし、同じ「かわいい」でも違う。そこは、生成の量が増えても平均化されません。

未来のオリジナリティは、「誰も見たことがないビジュアルを作れること」だけではなくて、その人が何を選び、何を捨てるかという“選択の癖”に現れる。

これは、けっこう救いのある話だと思っています。作る速度で勝負しなくてよくなるので。

完璧が無料になると、揺り戻しが来る

もうひとつ、最近わりと本気で考えていることがあります。

デジタル上の完璧なデザインが、無限に、ほぼコストゼロで手に入るようになると、その逆側の価値が上がるんじゃないか、ということです。

  • 人が手で作ったものの歪み

  • 物質としての手触り

  • その場の空気感

  • 生身の体験、身体性

工芸品やライブに近い価値の出方です。均質で完璧なものが当たり前になるほど、一点物や不完全さの側にプレミアムが乗る。

これは僕の予想なので外れるかもしれません。ただ、印刷物の紙を選ぶとき、加工を検討するとき、実物を持ったときの重さを気にするとき、その感覚の重要度が下がっている実感は、今のところありません。むしろ上がっている気がします。


第3部:じゃあ、今できること

ここからが本題かもしれません。

「本質は変わらない」で終わると、結局なにをすればいいのか分からない記事になります。なので、今日・今月・今年という単位で、具体的に書いておきます。

全部やる必要はありません。ひとつ選んで始めるくらいがちょうどいいと思います。

今日からできること

1. 選んだ理由と、捨てた理由をセットで残す

案を決めたら、採用した理由だけでなく、落とした案の理由も一行書いておく。メモアプリでもノートでも構いません。

選んだ理由は誰でも書けますが、捨てた理由の方には、その人の判断基準がそのまま出ます。これを1年ためると、自分の「選択の癖」が可視化されます。AI時代に個性が出る場所が選択なら、その記録は資産になります。

2. 案を見る前に、目的を口に出す

「この案件で達成したいのは◯◯」と先に言ってから案を見る。順番を逆にすると、見た目のきれいさに引っ張られます。

これは今日の打ち合わせから使えます。声に出すのが恥ずかしければ、手元に一行書いてから見るだけでも効きます。

3. 街で見たデザインに、ひとつだけ「なぜ」を投げる

なぜこの色なのか。なぜこの余白なのか。作った人はなぜこの表現を選んだのか。自分だったらどうするか。

これは訓練というより、考える癖を切らさないための運動みたいなものです。1日1個で十分です。

今月からできること

4. 直近の1案件を「目的→課題→思考→表現→結果」で書き直す

これは、いちばん効くと思っているものです。

完成物を並べるだけのポートフォリオは、これから弱くなっていくと思っています。AIで誰でもきれいなものが作れる以上、成果物の見た目だけでは差がつきにくい。

代わりに見られるようになるのは、こういう部分です。

採用の場面でも、「Illustratorが使えます」「Figmaが使えます」より、ここまで説明できる人が選ばれていく可能性が高い。そして、この5項目を書けるかどうかは、実は自分の仕事の解像度チェックにもなります。書けない項目があったら、その部分は今後の伸びしろです。

まずは1件でいいので、書いてみるのをおすすめします。

5. 苦手だった領域に、AIで足を突っ込む

これまでは、人間の時間が有限だったので、どこに学習時間を割くかを選ぶ必要がありました。グラフィック、Web、コーディング、写真、コピー、マーケティング。全部はできない、というのが前提でした。

AIによって、自分が技術的に弱い領域を補完できるようになります。すると「コードが書けないから、この表現はできない」という制約が減っていく。

デザインが広い意味で問題解決なら、最終的な表現方法はグラフィックだけである必要はありません。「広げる」と「深める」は、たぶん同時にできます。

今月やるなら、これまで外注していた領域か、諦めていた表現をひとつ選んで、AIと一緒に試作してみる。完成させなくても構いません。「これはできそう/これは無理」の感覚が更新されるだけで十分です。

6. AIに任せて空いた時間の使い道を、決めてしまう

AIに何かを代替されたとき、「仕事を奪われた」と考えることもできます。ただ、代替されたということは、それまで自分が時間と労力を使っていた領域が空いたということでもあります。

そこがポカっと空く。何を入れるかは、自分で決められます。

ここで大事なのは、空いた時間を別の作業でそのまま埋めないことだと思っています。作業が作業に置き換わるだけだと、翌月も同じ場所にいることになるので。

月末に5分だけ、「今月AIに任せた分は何に変わったか」を確認する。作業に消えていたら、来月の配分を組み直す。それだけでもかなり違います。

今年のうちにできること

7. 自分の価値を、ソフト名を使わずに説明できるようにする

自己紹介や経歴で、自分の強みをどう説明しているか。そこにソフト名と作業速度しか出てこないなら、少し書き換えておいた方がいいと思います。

「何を問題として捉えるのが得意か」「どういう判断が得意か」「どんな領域の理解が深いか」。この言葉を持っている人は、地面が動いても立ち位置が残ります。

8. 画面の外に出る出口を、ひとつ持っておく

紙でもいい、空間でもいい、立体でもいい、小さな物販でもいい。デジタルで完結しない仕事や趣味を、ひとつ持っておく。

完璧なデジタルが無料になるなら、身体性の側は相対的に価値が上がる。その予想が当たっても外れても、画面の外を知っていることが判断の幅になるのは変わらないと思っています。

そして、いちばん大事なこと

ここまで8個書きましたが、根っこはひとつです。

AIに何でも聞くようになると、人間の思考力が落ちるんじゃないか、という心配があります。可能性としてはあると思います。ゼロから考えていたことを任せれば、当然、頭にかかる負荷は減るので。

ただ、だからといって「ここはAIを使わない」「これは全部自分で考える」と厳密に線を引く必要はないと思っています。頼っていいところは頼ればいいし、自分でやりたいところは自分でやればいい。

問題なのはAIを使うことではなく、AIを使うことで、考えることをやめてしまうことの方です。

上の8個は、全部「考える回数を確保するための仕組み」だと思ってもらえるといいかもしれません。意志で考え続けるのは無理なので、仕組みにしてしまう、という話です。

実務で使うなら

僕が実際に意識しているのは、このあたりです。

  • 依頼をそのまま受けない。「作ってください」と言われたものを、いったん「なぜそれなのか」に戻して確認する。ここを飛ばすと、後半で全部やり直しになります

  • **AI案を、作者で判断しない。**AIが作ったから疑う、人間が作ったから信じる、ではなく、目的に合っているかだけで見る

  • **数字が出てきたら、まず理解する。**そのうえで別の道を選ぶなら、その理由を先に言葉にしておく。順番が逆だと、ただの感覚論になります

  • **完成イメージを、画面の外まで一度想像する。**紙なら手に取ったとき、空間なら立ったとき。ここを飛ばすと、画面の中だけで整った案になります

  • **手を動かす時間を、ゼロにしない。**仕事でなくてもいい。判断の精度が落ちるのは、だいたいここが枯れたときです

チェックリスト:AGIが来る前に、確認しておきたいこと

保存して、たまに見返す用です。全部にチェックがつく必要はありません。

自分の価値がどこに乗っているか

  • [ ] 自分の強みを説明するとき、ソフト名や作業速度以外の言葉が出てくるか

  • [ ] 直近の案件を「目的→課題→思考→表現→結果」で説明できるか

  • [ ] 見た目のきれいさと、目的への適合を、分けて評価できているか

判断が鈍っていないか

  • [ ] 違和感を「どの要素の問題か」まで特定できるか

  • [ ] 選んだ案と捨てた案、両方の理由を言葉にできるか

  • [ ] データが示す最適解と、自分が行きたい方向の両方を説明できるか

  • [ ] 今月、自分の手で何かを作ったか(仕事以外でもいい)

時間の使い道を握れているか

  • [ ] AIに任せて空いた時間が、何に変わったか説明できるか

  • [ ] その使い道は、来月の自分に効くものか

  • [ ] 画面の外に出る仕事や趣味に、最近触れたか

  • [ ] 街で見かけたデザインについて、今週一度でも「なぜ」を考えたか

まとめ

  • AGIが来ても、デザインの本質(課題を解決する道筋を設計すること)は変わらないと思う

  • 変わるのは制作技術の希少性。「作れること」だけを自分の価値にしない

  • 剥がれたあとに残るのは、問い・言語化・選択・判断・決断という、昔からあった能力

  • ただし、手を動かした経験は判断の土台になる。本質ではないが、入口ではある

  • 個性は「何を選び、何を捨てるか」に出る。作る速度で勝負しなくてよくなる

  • 今できることは地味で具体的。選んだ理由と捨てた理由を残す、案件を5項目で書き直す、空いた時間の使い道を決める

新しい時代に備えることは、これまでのデザインを捨てることではないと思っています。むしろ、制作という表層がAIに移っていくからこそ、「そもそもデザインとは何だったのか」に戻っていくことなんじゃないか、と。

まずは今日、直近で選んだ案をひとつ思い出して、捨てた案の方の理由を一行だけ書いてみてください。選んだ理由は誰でも書けますが、捨てた理由の方に、その人らしさが出ます。それが、たぶん一番小さくて一番効く準備です。

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