PHEVに乗ると気になるものが変わる
PHEVに乗るようになってから、自分の中で明らかに感覚が変わったことがある。それは、ガソリンの残量よりも、バッテリーの減り方を気にするようになったことである。以前の車であれば、燃料計を見て、まだ半分ある、まだ大丈夫だ、そろそろ給油しておくか、という感覚で運転していた。ところがPHEVでは、ガソリンが十分に残っていても、バッテリー残量がじわじわ減っていく様子の方が気になってしまうのである。
これは実に不思議な変化である。冷静に考えれば、ガソリンが入っている限り車は走れる。バッテリーが減ったとしても、すぐに困るわけではない。それでも、メーターの中でEV走行可能距離が減っていくと、何となくもったいない気持ちになる。できればこの電気を上手に使いたい。できれば最後までEVで走りたい。そんな気持ちが自然と出てくるのである。
ガソリン車に乗っていた頃は、燃費を意識することはあっても、ここまで細かくエネルギーの使われ方を見てはいなかった。アクセルを踏めばエンジンが回り、ガソリンが少しずつ減る。それは当たり前のことであり、そこに大きな感情はなかった。しかしPHEVの場合、電気で静かに走っている時間がある。その静けさと滑らかさに慣れてしまうと、バッテリー残量そのものが快適さの残量のように見えてくるのである。
特に近距離の移動では、この感覚が強くなる。ちょっと買い物に行く、少し離れた場所まで用事に行く、そんな日常の移動でエンジンを使わずに帰ってこられると、妙な満足感がある。今日はガソリンをほとんど使わなかった、という感覚よりも、電気だけで済ませられた、という達成感に近い。逆に、あと少しで家に着くというところでバッテリーが大きく減っていると、なぜか少し惜しい気持ちになる。
この感覚は、スマートフォンのバッテリー残量を気にする感覚にも少し似ている。まだ十分に使えるのに、残量表示が減っていくと気になる。移動中に充電できる場所を考えたり、無駄に消費したくないと思ったりする。PHEVのバッテリーも、それに近い存在になっているのである。単なる燃料ではなく、日々の快適さを支える手持ちのエネルギーとして意識しているのだと思う。
そして面白いのは、ガソリンの存在感が以前より薄くなることである。もちろんガソリンは重要である。長距離を走る時には頼りになるし、PHEVの安心感を支えている大きな要素である。しかし普段の生活圏では、ガソリンは後ろに控えている保険のような存在になり、前面に出てくるのはバッテリーである。今日はどれくらい電気で走れるか。帰宅時にどれくらい残っているか。充電した分をうまく使えたか。そういう見方に変わっていくのである。
この変化は、PHEVに実際に乗ってみないとわかりにくい。カタログ上の燃費やEV走行距離だけを見ている時には、ここまで気持ちが変わるとは思わなかった。だが、毎日乗っていると、バッテリー残量を見ることが自然な習慣になる。ガソリンを満タンにする安心感とは違い、充電して出発する安心感がある。コンセントから入れた電気で車が走るという感覚は、思った以上に生活に入り込んでくるのである。
結局、PHEVはガソリン車と電気自動車の中間というだけではない。乗る人の意識まで少しずつ変えてしまう車である。ガソリンの減り方を気にしていた自分が、今ではバッテリーの減り方を見ながら走っている。しかも、それを面倒だとは感じていない。むしろ、車とエネルギーの使い方を少し丁寧に見られるようになった感覚がある。PHEVに乗るとは、単に燃料代を抑えるとか、環境にやさしいとか、そういう話だけではない。運転中に何を気にするか、その基準そのものが変わる体験なのである。
#PHEV #プラグインハイブリッド #プリウスPHEV #EV走行 #バッテリー残量 #ガソリン車との違い #車のある生活 #ドライブ日記 #電気で走る車 #マイクラウドチャンネル
