【四国108箇所歩き遍路3(伊予)】#19 別格10番西山興隆寺~別格11番生木地蔵、61番札所香園寺~62番札所宝寿寺(2025年11月)
これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所歩き遍路の記録である。
今日は別格2箇所にお参りする日。
別格10番西山興隆寺、別格11番生木地蔵正善寺の後は、60番の横峰寺をスキップして、61番香園寺、62番宝寿寺と打ってビジネス旅館小松に泊まる予定だ。
そうすれば、明日は空身で砕石場を経由して横峰寺まで往復できる。
『歩き遍路情報』で知ったおすすめルート。
前日までの予報では朝には雨があがるはずだったのに、朝起きてみたら10時過ぎまでやまないという予報に変わっていた。
昨日の二の舞にならぬよう昨晩乾かしたものをジップロック等に分けてパッキングし、山谷バッグにはシャワーキャップを被せる。準備に手間取り、出発が遅れた。
宿の女将さんから、この辺りコンビニが2軒しかなく、県道159号線のファミマを最後に2時間何もないから気をつけるよう言われて送り出される。(7:45)
まずは大明神川の土手に向かって進み、川の手前で右折して次の信号で大明神橋を渡る。渡るとすぐに右斜め前方に入る細い県道150号線が現われ、道標もあったので、そちらへ進む。
1km先の道沿い右側に東予西中学校が見えてくるはずだが、雨のせいもあり、なかなか現われない。ようやく現われひと安心。
さらに5分ちょっとで左側に古い道標と新しい道標が2つ現われて、左折。
あとは突き当たったら右。
なのだが、雨のなかGPSを頼りに歩いていて1本早く左折してしまったので、ほんの少しだけ回り込んだ形になった。

本来は、正面から来て右折する
このあとは、二股に分れた道を左へ進む。
しばらく進むと、目の前が開けて、少し広くてきれいな県道155号線に突き当たった。石の道標には59番国分寺と60番横峰寺しか書いてないが、HenroHelperの地図をよくよく確認して左60番の方に折れるとすぐに、八十八箇所遍路道と別格遍路道の分岐を示す遍路札があった。(8:48)

ようやく別格登場だが、シンプル過ぎる
安心して右の県道150号線へと進む。まだ9時前だったが、予報より早く雨があがってくれた。ヨシヨシ。
ところが、ここからが少したいへんだった。日本とは思えないような一面畑の中を進めど進めど何の標識もない。ようやく集落と思ったら、分岐。黄色の地図に分岐はなかった。GPSを確認すればよかったのだが、普通の民家のような建物の軒下に自販機が3台も並んでいたので、とりあえず水分を補給した。

興隆寺は山だという認識だったので、山に向かって右に進むのか、それとも、まだ左側、山の麓をまわって行くのか。悩んでいたら、男性が通りがかったので、すかさず捕まえて「興隆寺はどちらですか?」と尋ねたら、
「西山寺でしょ?」「西山寺は県道150号線を道なりにまっすぐ進んでいくと、小松方面に向かって左に大きくカーブするので、左折しないで直進すれば登り口が見えてくるよ」と笑顔で教えてくださった。
ここではじめて『西山興隆寺』であり、地元のかたは『西山寺』と呼ぶのだと認識する。なんでも、後ろの山が西山で、西山興隆寺と呼ばれるようになったらしい。
ふたたび歩き出し、約10分で徳能バス停のすぐ先の『金仙寺1500m先→』『常石山→』という看板のところまで来た。
興隆寺でも西山でもなく、金仙寺?常石山?
混乱したわたしは、運良く通りがかってくださった地元の女性に、また尋ねる。
女性は、「お遍路さんはもっと先を右へまわられるみたいですけど、わたしら地元の人間はここからまっすぐまっすぐ金仙寺まで行って、そこからお参りする方が近いように思うので、そうするんですよ」と仰った。
そもそも歩き遍路でないかたに遍路道を尋ねること自体が間違っている。そして、地元のひとが近道だと言うのであれば、それで充分だ。
ということで、再度しっかり道順を確認し、『金仙寺1500m先』の看板の前で山に向かって右折した。
民家の間の坂を道なりに曲がりながらひたすら登り、民家が途切れると突如遠く高台に横長の瓦屋根と白い塀が見えた。さきほどの女性の説明どおりだ。白い塀を目指してさらに登る。陽射しを遮るものがなく暑かった。

無事金仙寺まで辿り着くと、教えてもらったとおりその前を通り過ぎ、たくさんのお墓の前を進む。突き当たったら右折して、さらに山を目指した。
途中貴布禰神社があり、よく陽が当たっていたので、雨で濡れたザックやレインジャケットを乾かしがてら石段で休憩した。かなり登った気がしたが、せいぜい標高100m程度だろう。お宿を出発してから2時間ちょっとしか経っていないのにかなりバテているうえに、きょうはこれから4か所もお参りして遍路宿。大丈夫か?
10分休んでまた歩きだす。じき六角堂が見えてきたので、着いた!?と思ったが、お寺の下の墓地だった。

ここでも10kgのザックを背負って登る根性がないわたしは、墓地の隅にザックを天日干ししたまま行くことにした。墓地のすぐ上の参道では門徒さんらしき女性が大量の落ち葉を掃いていらした。そばに車が停めてあった。


別格10番西山興隆寺は、なるほどひとつの山全体がお寺のような、とても大きなお寺で、管理がたいへんであろうことは容易に想像できた。はじめて入山料というものがあった。納経所で100円を支払うと、ミサンガ状の御守を山谷バッグに結び付けてくれ、さらに、手足のマッサージまでお接待いただきながらお寺のかたとざっくばらんにたくさんお話をすることができ、とても楽しかった。


香炉の奥が本堂
参拝後、まだ青い紅葉の森のなかを下山し、お墓でザックをピックアップし、六角堂にまわって、来たときとは別の道を下る。


さらに遍路道を抜けて、久妙寺というお寺を過ぎたところに大きな公園があり、ベンチが見えたので、ここで軽い昼食休憩にした。
休憩を終えて立ち上がり、ザックを背負おうとしたらベンチの背のところにいつのまにか小さな雨蛙がしゃがんでいた。

丹原総合公園のベンチにて
ふたたび直進したあと、最後は畦道を歩いて生木地蔵に到着した。

別格11番生木地蔵正善寺は、さきほどの西山興隆寺とは正反対の小じんまりとした平地のお寺で、弘法大師が一夜にして地蔵菩薩を刻んだという、樹齢1200年を超えるとされる霊木の楠が本堂の下に横たわっていた。

左が霊木の楠、右は大師堂
生木地蔵を出たら左に進むつもりにしていたが、納経所に出口右を示す大きな案内図が掲げられており、そういうのはたいてい車用だということをすっかり忘れて右に出た。しかも、右前方の遠回りな県道48号線へ進んでしまった。しかし、おかげで交差点の角にミニストップがあったので、怪我の功名とばかりアイスを買って食べた。
あらためて地図を確認して右に折れ、県道147号線を石鎚山へ向かって進む。楽しかった石鎚登山を思い出すが、ここまで来ても天狗岳を拝むことはできなかった。

さて、大頭交差点を直進すると60番札所横峰寺へ向かう湯浪ルートだが、時間が足りない以前にザックを背負って登りたくないわたしは左折する。(14:07)
黄色い地図にもHenro Helperにもないルートで平地の札所を2か所打って、きょうは終りにするつもりだ。
交差点から国道11号線をまっすぐ進んで少し右に入っただけのところにある61番札所香園寺は、四国には珍しい四角い鉄筋コンクリート造のお寺ということで、ネット上でなんども写真を見かけていたが、実物には圧倒された。
2階の屋内にある本堂と大師堂は暗くて手もとの経本がよく見えず、読経がちょっと適当な感じになってしまったので、御納経をいただくとき居心地が悪かった。

右手の階段を昇ると本堂と大師堂
納経所を出たところで、昨晩同じ敷島旅館に泊まった、わたしと同じように108箇所を順打ちでまわっている女性とこの日三度目の遭遇をした。三度目ということは、つまり、今日は参拝のつど会っているということだが、彼女は今晩わたしが泊まるビジネス旅館小松が満室で取れなかったので、もういちど三芳まで戻って敷島旅館に連泊するとのことだった。
彼女も、今日は60番横峰寺をスキップして明日参拝するらしい。
香園寺からわずか20分弱で、本日最後となる62番札所宝寿寺。
小さなお寺だが、大師堂の中に入って参拝できたのがちょっと嬉しかった。


中に入ってお参りできる
宝寿寺からすぐのお宿に着いたら、玄関前に水を張ったバケツとタオルが置いてあった。
帰ってきた気がした。
【コースタイム(実際)】

ビジネス旅館小松(遍路宿、電話で予約)
宿泊:2食付8,800円(夕食18:00~、朝食?~食堂で一斉スタート)
洗濯:無料(複数台あり)
乾燥:200円(複数台あり)
その他:
和室で施錠可
10室以上あるが、洗濯機も乾燥機もたくさんあり、お風呂も複数ある
洗面、トイレは男女共用
玄関脇に御杖用のバケツとタオルが置いてあり、部屋に立派な石造りのお杖立て
遍路宿ではじめて部屋にメモ帳まで置いてあった、至れり尽くせり
2017年に移転新築したと聞いていたが、掃除も行き届いておりとても綺麗
学校給食にも卸しているお肉屋さんの経営で、夕食はしゃぶしゃぶとすき焼きの日替わりでボリューム満点
こちらから尋ねれば、横峰寺への道(砕石場ルート)を手描きの地図つきで説明していただける
名称はビジネス旅館だが、宿泊者はおそらく全員お遍路さんだった
