【四国108箇所歩き遍路3(伊予)】#04 別格6番龍光院から務田(2025年10月)
これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所歩き遍路の記録である。
朝女将さんは、わたしと一緒に玄関を出て、川沿いに出る小径のところまで見送ってくれた。そして、「握手してください」と言いながら手を出されたので、両手で握手して別れた。
わたしは小径を曲がるまで何度も振り返り、お互いに何度も手を振った。(7:14)
今日も一日元気に歩ける気がした。
昨晩は真っ暗闇のなか満潮で怖いと思った岩松川だったが、朝、川沿いに出てみると、水は少なく、まったく別の川のように穏やかだった。

昨晩と同じ岩松新橋をわたり、今朝は右折、川に沿って国道56号線を直進する。
本日最初の遍路シールをみつけ、気分が乗ってくる。

三好旅館の女将さんからは、56号線沿いにはモーニングをやってるお店がいっぱいあると聞いていたが、なるほど喫茶店の前を通ると既に開いており、時計を見るとまだ7時半前だった。
松尾トンネルまでの間に喫茶店はここを含む2軒、パン屋さんが1軒で、すべて開いていた。

松尾峠を示すライオンズクラブの案内板がある横断歩道を渡ったところで、いつの間にか待っていた女性から「お接待です」「楽しんで行かれてください」と、よく冷えたペットボトルのお水をいただいた。
頑張ってください、でないところは、歩き遍路をしたことのあるひとだったのかも知れない。
そこから10分で松尾峠の入口。並んで松尾トンネルがあった。(7:59)


松尾峠道は、峠まで1.36km、終点まで3.37kmとのことで、距離も短いし整備されているように感じられたので歩いてみたい気もしたが、三好旅館の女将さんからはトンネルを行くよう言われていたし、一緒に歩いてもらえそうな人もいなかったので、持参した反射タスキとマスクを着用して、トンネルを歩いた。
トンネルの中は明るいし、歩道もあって歩きやすかったが、1,710mもあるので空気がとても悪く、マスク必須だった。

ところで、昔旅チャンネルで、2017年初から2019年春にかけて空手家の高山忠士さんが区切りで八十八ヶ所を歩かれた『四国歩き遍路の旅』という番組をやっていた。わたしはその番組が大好きで、録画して繰り返し観ている。
それによると、トンネル出口から4kmくらいのところに釣具屋さんがあり、お遍路の休憩処になっていて古いお遍路の資料を見せてもらえるはずだった。高山忠士さんは絞りたての蜜柑ジュースもおごちそうになっていた。そろそろかなと思いながら歩いていたら、見覚えのあるガラス張りの2階建ての建物が見え、貸店舗の看板がかかっていた。覗くと『四国へんろ休憩処』という外された看板が見え、2階の窓には大きな魚のポスターが残っていた。釣具屋さんは廃業したらしかった。
美味しいお料理が評判だったのに今は素泊まりだけの旅館山代屋さん、三好旅館さんに続いて、ここにも10年の時の流れを感じ、いっきに気が抜けてしまった。

楽しみにしていた目的地がひとつ減り、しばらくは空っぽの気持ちのまま歩いた。
その後、宇和島南ICの手前で国道が大きく右に折れ、その手前で歩道が狭くなったのでわざわざ横断歩道を渡って歩道が広い反対側に移ったらすぐに陸橋で、10kgのザックを背負って陸橋を昇って降りるはめになり、おまけに急にトラックが増えて猛烈に空気が悪くなり、慌ててまたマスクをした。

歩道が狭いので横断歩道を渡ると、さらに陸橋を渡る羽目になる
トンネルでもないのに、ここまで空気が悪い場所は、四国でも珍しい。
そうこうしているうちに、おなかがすいて我慢できなくなった。朝から、前の晩Aコープで買ったパックのスパゲティナポリタンしか食べていないせいだ。
座れる場所を探しながら歩いていると、41番札所龍光寺まで14kmという道標の前に大きな仏壇屋さんが見えた。(10:20)
その前がバス停で、仏壇屋さんが提供したと思しき立派な石のベンチがある。
そこに座って行動食を食べることを考えるが、目抜き通りのバス停なので躊躇した。

3m先にも同じベンチがあった。
こちらはお遍路用だと思ったが、ガラス張りの店内から丸見えの場所にあるので、やはり見送った。
すると、その先ベンチどころか段差もなく、腰掛けられそうな場所がない。
やはり石のベンチをお借りするべきだったと後悔しながら歩いていると、大きな建物の壁の前に10cm程度の段差があったので、たまらずそこに腰掛け、カロリーメイトの箱を開けた。
一箱では食べ足りず、三好旅館のお茶うけでいただいた最中の包みを開くと粉々になっていた。その粉々を包みごと口に運んで食べる。
さらに、一昨日山代屋さんのお茶うけにいただいた雪の宿も封を切る。
夢中で食べていたら、道行く女性が「美味しそうやね」と笑いながら通り過ぎる。
続いて自転車の男性が近づいてきたので、邪魔にならないよう体を後ろにずらしたら、あろうことか、立て掛けていた金剛杖が自転車の前に、ジャリンと音を立てて倒れて通せんぼをした。
慌てて拾って謝り、もういちど自分の横に立て直し、男性が「ええよええよ」と通りすぎるようとするとまたジャリン。
蒼くなって謝ると、笑って「全然大丈夫よ」「無理せんと気ぃつけて」。
その言葉に、空腹とともに暗くなっていた気持ちが、ぱぁっと明るくなった。
食べ終わって立ち上がると、進行方向目の前にひょいっと青いザックの男性遍路の後ろ姿が現れた。
まっすぐな一本道なのにどこから出てきたのか不思議。
と思っているうちにどんどん遠くなって、あっという間に青いザックは見えなくなってしまった。
ようやく少しおなかも落ち着き、その後は道なりに進み、大きな木の看板で右折して路地の奥にある馬目木大師にお参りした。(10:51)
さぁ、次、別格の龍光院まで残るは2km。と思ったが、神田川沿いの遍路道を進んだ先の勧進橋が、地図上ではたった500mなのに遠く、途中別の橋が続くので何度も地図を確認し、最後は通りがかりの人をつかまえて橋の場所を聞いた。
別格の制度は1968年にできたので、八十八ヶ所と比較すると格段に歴史が浅い。そのせいか、とにかく目印が少ない。もともと弘法大師と縁の深いお寺なので、地元のかたに聞けばすぐわかるのだが、地元のかたはお寺のなまえではなく「奥之院さん」などと呼ぶことも多いので、目指すお寺にちゃんと辿り着けるかいつもドキドキする。
それはさておき、馬目木大師から30分も歩かないうちにザックが重くて仕方なくなり、しかしベンチが見当たらないので、宇和島病院の前の縁石に腰掛けて休憩してしまった。
こんなことをするから、お遍路のマナーが問われると思ったが、もう一歩も歩けなかった。しばらく休んでようやく歩き出すと、病院から5分もいかないところに宇和島自動車創業の地という綺麗な休憩所があった。
あ~、ここまで頑張ればよかった。黄色い地図にこの休憩所は載っていなかった。

展示品のよう
その後はHenroHelperの助けも借りて、どうにか別格6番の龍光院に辿り着いた。(11:40)
2km弱に休憩込みで50分もかかった。HenroHelperがなかったら、1時間余裕でかかっていたかも知れない。こんな便利なものを作って無料で公開してくださった、名前も存じ上げないカナダ人お遍路さんに感謝である。

中ほどに仁王像がそびえ立つ
龍光院には山門がなく、代わりに、境内に通じる階段の途中に、大きな仁王像が狛犬のように並んでそびえ立っていた。
境内の周囲には、八十八ヶ所巡りならぬ108ヶ所巡りがあり、大師堂の後ろの山の中腹に中国四川省からお迎えしたという除災招福大観音の像が小さく見えた。観音像をちょうど拝める場所に台もあった。

街中にあるお寺らしい、掃除の行き届いた、とても綺麗な境内だった。
その後、宇和島駅の向こう側の鯛めしのとみやが臨時休業だったので、空きっ腹を抱えたまま北宇和島駅の北まで歩き、へんろ宿もやい前のベンチをお借りして行動食でお昼とした。(13:30)
その先はJR予土線の務田駅を目指して県道57号線の上り坂をひたすら歩く。
へんろ宿もやいの辺りから務田駅までは約5km、標高差140m程度。列車だと30‰(パーミル)の急勾配ということになるらしく、背中のザックの重さがこたえ、途中何度も道端にザックを降ろして休憩した。
もやいの先は、休憩所どころかベンチすらまったくなく、しんきん庵のへんろ小屋まで、ベンチ付屋根付のバス停は梅林口バス停だけだった。
晴れていてほんとうに助かった。雨だと濡れた地面にザックを降ろせないので、もっとキツイところだった。
ただ、単調な道には約700mごとにバス停があるので、数えながら歩くことができた。予定通り、列車の時刻の30分前にJR務田駅に着いた。(15:20)

駅のベンチで靴を脱いで汗を乾かしながら北宇和島方面行の上り電車を待っていると、痩せたお遍路姿の男性が背中に青いザックを背負い、息を切らして現れた。
「こんにちは」と挨拶すると「40分の電車に間に合わないから龍光寺から20分で急いで戻ってきた」と言われるので、「反対方向に行かれるんですね」と下りを指すと怪訝な顔をされる。
上り電車は15時53分だと答えながらわたしが時刻表を示すと、電車の時刻を勘違いしていたことに今気づいた様子で隣のベンチに座られた。10月にダイヤ改正がされたばかりだった。
そう言えば、朝青いザックの後ろ姿を見掛けたなと思い、そう話すと、「前を歩いてたんじゃなくて、わたしが追い越したんでしょう」と言われ、仏壇屋さんの先で夢中でカロリーメイトを食べていたときに追い越されていたことを、そのとき初めて知った。
先月9月4日に1番から歩き始め、いちど自宅に戻ってまた続きを歩いているとのこと。
いろいろ話がはずんでいたところに列車が来たので、靴を脱いでいたわたしは慌ててしまい、青ザックさんがわたしの金剛杖を持ってくださり、わたしはザックを肩にひっかけた状態で靴を履きながら急いで列車に乗り込んだ。
歩き遍路はひとりで歩いていることが多いので、たまにひとに会うと嬉しくなって喋り込んでしまうことが往々にしてある。が、それにしても、である。反省した。
その後、北宇和島駅で一緒に列車を降り、わたしはさらに乗り換えて卯之町のお宿まで行くので別れたが、朝仏壇屋さんの先で追い越されたときもけっこうなスピードだったので、「もう二度とお会いすることはないと思いますので、どうぞお元気で」と挨拶した。
17時前、卯之町駅から徒歩3分のまつちや旅館に着くと、女将さんが他のスタッフのかたと一緒にバタバタと出迎えてくださり、
「あぁ~着いた、着いた!」(???)
続いて、おもてを気にしながら「ほかのお客さんがもう着かれるので」と言いながら部屋に案内してくださると、
「今すぐ、今すぐお風呂に入ってください」(!)
言われたとおり、急いでお風呂に向かうと、今度は
「ゆっくり入ってくださいね~」(?????)
そのときは意味がわからなかったが、どうも、女性客がわたし一人だったので気を遣ってくださり、わたしとほぼ同時に車で到着したほかの男性客より先にお風呂に案内してくださった、ということのようだった。
ちなみにお風呂は2つあったが、わたしが入ったお風呂の脱衣所に洗濯機があり、特大ネットでお洗濯をしていただいた後、晩、乾燥機できれいに乾かしてからネットごとカゴに入れて部屋まで持って来てくださったので、恐縮した。
【参考URL】
JR四国旅客鉄道 四国の駅時刻表
一般的な乗換案内で十分だが、最新の時刻情報は未調といった表示が出たら、ダイヤ改正なのでこちらも併用する。サイトいちばん上の路線図から各駅の最新の時刻表を探せる。
四国の列車は、通学の時間帯を除くと本数が少ない。
務田駅のある予土線の列車の本数は2時間に1本である。
時刻表とは関係ないが、JR四国はその大半が単線で、普通列車の車両は1~2両。ワンマン運転で、IC化されていないので、運賃は、駅の切符券売機で切符を購入するか、車内で両替して現金で支払う必要があり、常に小銭を十分用意しておく必要がある。
ワンマンの場合、後ろの扉から乗って、運転手さんの横にある運賃箱に運賃ちょうどの金額を入れて、前の扉から降りる。
乗り過ごした場合、ヘタすると戻るのも2時間後なので、あらかじめその日の行程の列車の時刻と運賃を調べておき、その分の小銭を握り締めて運転席のすぐそばに座るようにしていたわたしは、小心者である。
【コースタイム(実際)】

まつちや旅館(電話で予約、楽天トラベルも可)
宿泊:2食付7,000円(夕食18時~、朝食6時半~から30分刻み、1階広間で)
洗濯・乾燥:お接待(特大ネットを貸してくださるので入れるだけ。ただ、洗濯機がお風呂の脱衣所内にあるため、他の客が入浴する前に渡す必要あり)
その他:
2階に5室のみ(施錠可)
1階に隣り合わせの小さいお風呂が2つあり、窓のところでつながっている
2階廊下の棚にドライヤーあり
2階廊下に、男女共用の個室トイレ2と男性トイレ2と洗面所2がおさまる空間があるが、廊下にスリッパが脱いであれば、遠目にも誰かが使用中だとわかるので、実質1人用と同じ
チェックインする際、お茶と一緒にお遍路用のノートを部屋に持ってきてくれて、ひと言書けるようになっている。ノートには、納め札やお礼状も貼ってあった
