【四国108箇所歩き遍路1(阿波)】#05 18番札所恩山寺~19番札所立江寺(2015年12月)
これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所歩き遍路の記録である。
今日からひとりでお遍路。朝食を済ませ、ホテルをチェックアウトすると、ザックを背負って駅とは反対方向に出て、国道318号線を歩いて両国橋を目指した。親柱に阿波踊り像がある両国橋を渡る。
両国橋の先を西に折れて広い県道136号線に入ると、右手に金刀比羅神社が見えてきた。
その先、JR二軒屋駅を過ぎた辺りから適当に左に曲がり、国道55号線に入ると川をいくつも渡る。川では白鷺が休んでいる。国道沿いにはファミレスのような飲食店が点在していた。
6本目となる勝浦川橋を渡り、そろそろ弘法大師御杖の水だと思いながら国道の左側を歩いていたら、斜めに入る道のガードレールに遍路札があったので、それに従って脇道に入ると四ツ角の手前に宝剣塔があった。

角に中務茂兵衛さんの道標がある
弘法大師御杖の水は道路標識が見える方向へ60m先
てっきりこれが弘法大師御杖の水だと思い込み、拝んで通過する。
(これが弘法大師御杖の水ではないということに、この記事を書いていてはじめて気づいた。10年ぶりに明らかになった真実・・・ショックが大き過ぎる・・・)
次は国道55号線を右に入るので、道路の右側を歩いて芝生川橋を渡ると、すぐに遍路札があったので右の脇道に入った。県道136号線だった。
20分程度で恩山寺を示す看板があり、広い坂道を登った。
さて、この先の恩山寺への遍路道がわかりづらいということを歩き遍路情報のサイトで知っていたわたしは、印刷して持参していた写真入りのページを確認しながら、赤い欄干の母養橋を渡った後、慎重に、恩山寺と書いてある石柱から右に回り込み、仁王門をくぐって山道(参道)に入った。

遍路道は橋を渡った奥の仁王門をくぐって山道を進む
山道をしばらく登ると、石垣の上に18番札所恩山寺の境内が見えた。
(ちなみに、恩山寺には『摺袈裟』なる一生モノの御守があるのだが、このときのわたしは知らなかったので、求めていない)

玉依御前ゆかりのお寺

鮮やかな極彩色に目を見張る
恩山寺の参拝を終えて休憩所に入ったら『弘法のお水』が汲んであったのでいただいた。冷たくて美味だった。来たのとは別の南側の車道を下り、竹林の中を進む義経ロード(弦巻坂と弦張坂)を経由して立江寺へ向かった。義経ロードに入る手前に大きな牛舎があり、牛がたくさん居たので、刺激しないようそーっと通り過ぎた。

竹林を抜け、綺麗なバス通りを歩いていると、右手に巨大な石柱があり、何かと思ったらお京塚だった。案内板に書いてある由来が怖すぎた。
そして、立江寺に行くには民宿鮒の里のある住宅街を抜け、さらに100mほどの住宅街を抜けた先の分岐を左へ進み、赤い欄干の白鷺橋を渡るのだが、分岐の立て看板を見落として直進してしまい、随分歩いてから気づき、もういちど分岐まで戻って白鷺橋を渡った。橋の上に白鷺はいなかった。橋を渡ってしばらく歩くと裏門のようなところに着いたので、そのまま入った。
19番札所立江寺は、これまた綺麗な気持ちの良い境内で、本堂が大きくて圧倒された。本堂には286枚の見事な格天井画があるのだが、建物の大きさに圧倒されて天井を観るのを忘れてしまった。そして、さきほどのお京塚の話にあった髪の毛が残っているという黒髪堂を覗くと、艶のない黒髪のようなものが見え、見なければよかったと後悔した。

帰りはここから出た

見事な格天井画があるらしいのだが観るのを忘れた・・・

参拝を終えると、歩き遍路情報のサイトでリコメンドされていた立江寺門前の酒井軒本舗のたつえ餅を購入して、白鷺橋の方へ向かう。既にお昼をまわりお腹がすいていたところにキッチンゑみという洋食屋の看板をみつけて迷わず入り、オムライスとお店おすすめのグルブイなるロシアのクリームシチューを食べ終った頃ドアから新田さん(仮名)が入ってきた。
今朝からずっと誰とも喋らずひとりで歩いてきたので、知った顔に会うとほっとする。ここでも先達さんの教えを守って靴を脱いで足を乾かしていたわたしが、靴を履いて靴紐を結ぶ様子を見て、現役山屋さんの新田さんは、解けにくい靴紐の結び方を教えてくださった。
帰りは白鷺橋を渡って、20番札所の登山口のある勝浦方面へ向かう。帰りも橋の上に白鷺をみかけることはなく無事渡りきる。
県道28号に突き当たったとき、最初見落とした真念へんろ道という立て看板をあらためてしっかり確認し、今度は立て看板が示す20番鶴林寺の方向へ進んだ。
さぁ、今日はここから先の札所はない。道の駅ひなの里かつうらまで歩くだけ。県道を進むと立江寺奥之院の入口を示す背の高い標石が右手に現れたが、さすがにここで奥之院にお参りする時間はないだろうと通り過ぎた。
黄色い地図(第10版)では県道28号線をひたすら直進するのが歩き遍路道となっていたので、ときに歩道もある舗装道をとにかく黙々と道なりに直進した。畑と住宅が続く道をくねくね30分も歩いたところで分岐になったので、立ち止まった。
(2025年10月発行の黄色い地図第14版では、県道28号線の山側に櫛渕真念遍路道が追記されている。古くからの遍路道で、この道沿いには真念の道標がたくさんあり、かなり趣のある道らしい。マムシが出るそうなので、とりわけ春から秋に歩く場合には、藪や石垣から離れ、金剛杖を前に突きながら、注意して歩かれることをおすすめする)
はて、ここはいったいどこなのか。地図のコピーを回転させながら周囲の景色を確認するが、GPSを確認するという発想がない私には、現在地がさっぱりわからない。
もう随分歩いた気がしたので、地図にある沼江大師の先の三叉路だと思って左へ一歩踏み出した。すると突然後ろから「違う、違う!」と声がした。驚いて振り返ると、大型トラックの窓から運転手さんが身を乗り出し、「そっちやない、まっすぐ! 山の方へ!」と大きな身振りで右を指してくれている。
慌ててお辞儀をして、つま先を右へ向けた。どうやら私の距離感は、実際より1.5倍も長かったようだ。
気を取り直して坂道を登り始めてしばらくするとまた三叉路だったが、今度は左が21番太龍寺、右が20番鶴林寺、と車向けの案内標識があったので、迷うことなく右へ折れた。
その後は、いちばん幅が広い車道を道なり真っ直ぐ真っ直ぐと念じながら進む。途中こどものひろばの横のいやしの道休憩所というなまえのベンチでたつえ餅を食べて休憩し、さらにその先で道端のお接待のみかんをひとつ頂戴して歩き、最終的にキッチンゑみから2時間半近くかけて道の駅ひなの里かつうらに到着した。


道の駅には昨日とほぼ同じメンバーが全員集合し、新田さん(仮名)とわたしのふれあいの里さかもと組は、お宿に電話して迎えに来てもらい、先達さんと舞さん(仮名)は歩いてお宿へと向かった。
ふれあいの里さかもとは、人口減で廃校となった旧坂本小学校兼幼稚園の校舎を再利用した宿泊施設で、それはそれは目配り気配り心配りの三拍子揃った気持ちの良いお宿だった。各部屋にはそれぞれなまえがついているが、元何教室だったかが併記されており、わたしが泊ったのはすだちというお部屋で、元校長室だった。
たいへん残念なことに、2025年9月末をもって閉業してしまい、もう泊ることはできない。

旧坂本小学校
【コースタイム(実際、一部不明)】

