【四国108箇所歩き遍路3(伊予)】#02 40番札所観自在寺(2019年5月)
これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所歩き遍路の記録である。
2019年、時間切れで篠山詣でを諦めたわたしは、56号線沿いの県界バス停から宇和島自動車の路線バスに乗り、宇和島経由で帰宅することにした。
県界バス停から少し歩くと「足摺宇和海国立公園 篠山」という大きな看板があり心惹かれたが、ここから篠山のふもとに向かって歩いても、宇和島方面へ移動する交通手段がタクシーしかないので、次の区切りを考えると、ここがよさそうだった。幸い、バスの時刻まで30分程度だった。

バスを待つ間、地図を眺め、40番札所の観自在寺を先に打っておこうと思い立つ。
観自在寺は八十八箇所の1番札所から最も遠い札所で、四国霊場の裏関所ともいわれるお寺である。
観自在寺から次の別格6番龍光院へ向かう道は柏坂遍路道の入口まで国道56号線のバス道なので、打ち終えた後、歩けるだけ歩いてバスに乗れば宇和島だ。
そう思うと気持ちが軽くなった。
パルティ・フジ南宇和前バス停でバスを降り、川沿いを歩いて20分ちょっとで平城札所前(ひらじょうふだしょまえ)バス停に着いた。(9:17)
ここが観自在寺の最寄りのバス停。最初からここで降りてもよかった。
観自在寺に向かうと、ちょうど仁王門から参拝を終えたお遍路さんが出てきたところだった。(9:20)
全身を白装束で決め、足もとも、つま先が割れた白い足袋シューズ、一般的な金剛杖の代わりに朱色の錫杖(しゃくじょう)を持った公認先達さんだった。錫杖は先達さんの背よりも高く、突くと頂上の環が鳴ってカッコ良かったが、山道ではつっかえて歩きにくいであろうと想像した。
そう言えば、わたしが最初に教えを請うた公認先達さんは普通の金剛杖、しかも遍路ころがしでは2本持ちだった。

それはさておき、仁王門をくぐると既に大勢の参拝者で賑わっていた。
大師堂の前に独鈷杵(どっこしょう)が置いてあり、「皆様の身体をさすり、独鈷をさすって下さい。お加持をいただけます」と書いてあったので、遠慮無く触らせていただいた。

また、納経所は本堂の中にあり、若くて感じの良い僧侶のかたからお納経をいただいた。

さらに、外に、42番札所と43番札所の間の歯長峠は崩壊して歩けないという趣旨の手書きのルート図が掲示してあり、その図には「NOTES」「BROKEN」といった英語の添え書きもあり、お寺全体に好感を持った。
(注:歯長峠は既に崩落場所を迂回する梯子が掛けられ、歩けるようになっている)
結局1時間も滞在し、境内のベンチで着ていた白衣や納経帳等をザックにしまってから、仁王門を後にした。(10:24)
平城札所前のバス停で会った外国人の女性お遍路さんは、次の札所までは遠いのでバスで移動すると言って宇和島行のバスに乗り込んでいった。
バス停の斜め前には「旅館山代屋」があり、濃紺ののれんと玄関周りにこぼれるように咲いたヒナギクの鉢植えがいかにも遍路宿風で惹かれた。

バス停ごとに次のバスの時刻を確認しながら、海沿いの道を西へ進む。眺めが良く、気持ちの良い風が吹く。途中後ろから追いかけてきた女性から、いろんなお菓子が入った袋をお接待いただいた。
お寺から1時間足らずでよしもと民宿の前に到達し、向かいに長洲橋バス停もあったので、そこで区切りとすることにした。(11:14)
次回はこのよしもと民宿に泊まり、翌朝始発のバスで県界まで戻り、そこから篠山まで往復して平城辺りまで下ってくればちょうどよいのではないかと、胸算用した。

実際には、6年後、たまたまよしもと民宿さんとすぐに電話がつながらなかったため、旅館山代屋さんにお世話になることにした。さらに、始発のバスでもとても間に合いそうにないことに気づいたためタクシーで県界まで移動して、篠山を往復した。
実際の篠山詣での記事はこちら。
このとき県界バス停からバスに乗るのではなく、平城札所前バス停までの約13kmを先に歩いていれば、後日篠山を下山した後で県界からバスに乗り、観自在寺をお参りすることもできたと思うが、路線バスは1時間に1本あるかないかなので、タイミングよく乗れる保証はない。
この日は区切り打ちの最終日だったため、早く街中に到達しておきたい気持ちが先に立ち、このような変則的な行程とした。
【参考URL】
宇和島自動車(路線バス)
トップページの画像の右下の「路線バス情報」の「🔍時刻表・運賃検索」から各バス停の発着時刻と運賃、時刻表も検索できる
【コースタイム(実際)】

