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【四国108箇所歩き遍路1(阿波)】#02 7番札所十楽寺~11番札所藤井寺(2015年12月)

これは2015年12月~2025年11月にかけて、順打ち、全7回の区切り打ちで結願した四国108箇所歩き遍路の記録である。


朝宿坊を出て、あらためて境内を見回すと、昨晩空海直筆の書を観た性霊殿は瓦屋根の上に茅葺きが載っていたり、多宝堂のまわりに八十八ヶ所のお砂踏みがあったり、安楽寺の小さい境内にはまだまだ見所があった。
今回23番札所薬王寺までお参りして阿波一国打ちとするつもりで準備をしてきているが、わたしはこの先果たして八十八ヶ所を結願できるのか。未だ何の心づもりもしていなかったので、保険のため、朝から初お砂踏みをした。

6番札所安楽寺の多宝堂
足もとは八十八ヶ所お砂踏み

さて、出発。(7:13)
先達さん、108ヶ所巡る新田さん(仮名)、そしてわたしの3人で歩き出す。
5分で前方の四ツ角に赤いよだれかけをしたお地蔵様のお堂が見えてきた。お堂の脇には小さな標石が建っている。真念の道しるべだった。真念は大阪の僧侶で、江戸時代前半に庶民向けの歩き遍路ガイドブック『四國遍禮道指南』を著し、一大ブームを巻き起こしたらしい。

真念の道しるべ

真念の道しるべの左を進み、さらに10分程度で7番札所十楽寺に着いた。

7番札所十楽寺の山門

十楽寺の山門も、安楽寺と同じように竜宮城の門のかたちをしていた。ビジネスホテルのような宿坊もあるらしい。眼の病に効くという治眼疾目救歳地蔵があった。

十楽寺を参拝すると、畑の間の県道を8番札所へ向かう。
しばらく進むと、突き当たりの三叉路が遠くに見える。先達さんから、あの突き当たりはどちらに進むか尋ねられ、8番札所の熊谷寺は山側なので右だと答えて前へ歩を進めると、『←8番札所こちら』と左折を指示する案内札が見えた。そしてまたすぐ右折とある。標石や案内札をひとつひとつきちんと確認さえすれば大丈夫なのだろうが、ぼやっとしていると間違えそう。

案内札に従って左に折れ、直ぐ右折すると、畑がじき民家になり、さらに進んで民家がなくなってしばらくすると、少し大きな歩道付の橋を渡る。宮川内谷川にかかる御所大橋だった。

橋を渡ってしばらく歩くと公民館のような建物の前に小さな遍路石が並ぶ目引大師。その後も、延命地蔵の前を過ぎ、道の両側に古い標石のようなものがかたまって建つ旭北集会所の前を通り過ぎ、国道318号線を越えてなおひたすら道なり真っ直ぐ進む。大きな常夜燈の前を通ってまだまだ進み、小さな涸れた川を越えて、大きな車道(県道139号線)の50m手前で山へ向かって右折した。

あとは狭い道をひたすら直進していたら、正面に8番札所熊谷寺の山門が見えてきた。四国霊場最古の仁王門とのことで、その手前には黒っぽい実がたくさんついた山柿の木や、一本の木に蜜柑と檸檬の実がついた不思議な木があった。

8番札所熊谷寺の仁王門
右が阿形像、左が吽形像

熊谷寺は仁王門を入った先が長く、広い車道を跨いだ先に広い駐車場があった。本堂への石段を左側通行で昇ると、納経所も越えた先にさらに二天門の中門があり、さらに石段を昇ってようやく本堂。大師堂はさらに上だった。今までほぼ水平型のお寺ばかりだったので、基本が垂直型の熊谷寺は余計広く感じた。参拝時間の半分は仁王門からの移動、それも上りに費やした気がした。

8番札所熊谷寺の中門の二天門
右が阿形の持国天、左が吽形の多聞天
色鮮やかなお姿にびっくり


そのあとは下りなので早い。広大な畑の中にぽつんとある9番札所まで30分かからなかった。

9番札所法輪寺の仁王門

9番札所法輪寺は、さきほどの熊谷寺とは異なり、鐘楼門の向こうにすぐ境内があり、境内を囲むようにしてお堂や納経所が並んでいたので、正直ほっとした。本堂と大師堂の周囲が回廊でつながっており、回廊にも仏像があった。

法輪寺の参拝を終えると、来た方向とは逆の右に出て、畑の中を西へ進む。
畦道は一本道ではないが、遍路道を歩いている限り曲がり角には必ず古い標石がある。逆に言えば、昔ながらの遍路道の場合、標石が見えるまで直進とのことだった。道沿いには小さいながらも立派な瓦屋根付のお堂に入ったお地蔵様や小豆洗大師などがあった。そして、同時に、この景色にもうすっかり馴染んだ自分がいた。

法輪寺から30分もしないうちに道が広くなり、やがて右側に石柱門が見えた。切幡寺の参道の入口だったが、道幅2mくらいにしか見えないところに車が入って行ったので、目を疑った。足を踏み入れると、江戸時代にタイムスリップしたかのような狭い参道の両側に、民宿や遍路用品店が点在していた。ほかの建物もみな、住宅というより店舗のような造りなので、かつてどれだけ賑わっていたかが伺える。

参道の途中に荷物を置かせていただけるお店があったので、お店の前のベンチにザックを置かせていただいて、途中から納経セットだけを持って坂道を登った。けっこうな坂道だったうえに、境内に入る直前にはさらに333段の石段まであったので、ザックを置いてきて正解だった。
10番札所切幡寺は、熊谷寺よりもさらに仁王門から境内までが長かった。

10番札所切幡寺の本堂

参拝を終えて切幡寺の仁王門を出ると、参道のお店でザックを回収し、坂道を下って一路南下する。
県道12号線の信号のある交差点を曲がるとき、昨晩安楽寺の宿坊で見かけて以降今日も朝から似たようなペースで歩いているお遍路さんに先達さんが声をかけ、一緒にお昼を食べることにした。

交差点の右と左に一軒ずつおうどんやさんがあるらしかったが、我々は、変電所の角を左に曲がり、県道沿いにまっすぐ東へ進んだ先にあるおうどんやさんの方に入った。お店の前の駐車場にはたくさん車が停まっており、ひっきりなしに人が出入りしている。決して狭くはない店内は一杯だったが回転はよく、ザックを降ろして待っていると、さほど待たずに小上がりの4人テーブルに案内された。

先達さんが声をかけた歩き遍路さんは、河合さん(仮名)といい、わたしと同じく初お遍路で区切り打ちとのことだった。4人それぞれ違うおうどんを食べ、ゆっくり休んでからお店を出た。

変電所の角まで戻り、県道237号線を進む。車一台がやっとの道だ。ところどころに小さな祠や、古い遍路石が残る、いかにも旧街道らしい道を曲がりながら進むと、土手に突き当たり、赤い遍路札に導かれて土手に上がる階段を昇った。

その先は荒野を突っ切る舗装道だと思ったが、よくよく見ると舗装道の両側が15cm程度縁石のように高くなっており、ところどころ道幅が広くなっている。と向こうに竹藪が見え、手前は潜水橋だった。というか、自分が今歩いている舗装道自体が既に潜水橋だということにようやく気づいた。

竹藪の間を抜けると、一面畑だった。遍路標石もあった。さきほどの大野島橋の潜水橋と標高が同じなのに、民家こそないものの普通に畑が広がっているのは不思議な感覚だった。聞くとここも、大雨で川が増水すると冠水する可能性はあるらしい。

しばらく歩くと四国のみちの標石が現れ、それに従って左折すると、かの有名な川島潜水橋だった。ここを歩くお遍路さんの写真はよく見る。自分がその景色の中に入っていくというのは、これまた不思議な気分だ。

この川島潜水橋、幅は3mほどで車一台通るのがやっとの割には長さが285mもある。ノロノロ歩いているとけっこう車が来る。橋の途中のところどころに待避所もあるのだが、ちょうど前から車が来たとき待避所にエスケープするひまがなく、やむなく高さ15cm程度しかない縁石ぎりぎりのところに立ってやり過ごした。それが2回もあり、寿命が縮まる思いをした。次にこの橋を通ることがあれば、そのときは走って渡ろう、と強く思った。

川島潜水橋
一部加工済
川島潜水橋
渡り終えて振り返っても長い

橋を渡りきった対岸は、広い土手だった。自転車の高校生が楽しそうに談笑しながら追い抜いて行った。さらに住宅街の中を歩いて藤井寺へ向かった。
明日は6時半には出発するので、きょうのうちに納経を済ませておく。

11番札所藤井寺本堂の天井画『雲龍』
どこにいても龍に見られている気がする

11番札所藤井寺では、参拝後、境内にある、明日の遍路道の入口を確認した。(14:54)

そして、旅館吉野がいっぱいで予約できなかったためJR鴨島駅前のビジネスホテルに泊るという新田さんも一緒にみんなで、今夜のお宿である旅館吉野へ向かった。
お宿では、もうひとり歩き遍路さんが合流する予定だという。先月先達さんと一緒に1番から歩き始め、今回が区切り2回目の女性だということだった。

明日はいよいよ噂の遍路ころがし。

なお、安楽寺宿坊の朝食は、2025年11月現在7時からに変更となっている。


【コースタイム(実際)】


旅館吉野(遍路宿、予約は電話)
(特に断りない限り2015年12月宿泊時情報につき、変更の可能性あり)
宿泊:2食付(夕食6:00~、朝食6:00~、1階食堂で一斉、翌日のお昼用におにぎり弁当をつけることも可)
洗濯:100円
乾燥:200円
その他:
和室(室内に洗面台付、施錠可、現金払いのみ)
トイレは男女共用
浴室が2つあり、男女別なく先着順
神山地区(一部?)への荷物運搬サービス(有料)あり(2025年9月現在)
12番札所焼山寺の登山口のある11番札所藤井寺から徒歩10分弱という好立地もあり人気の遍路宿

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