自分の人生のハンドルを、誰かに渡さない
最近、いろんなことが重なっている。
仕事のこと。
家族のこと。
子どもたちのこと。
マンションのこと。
「なんで今なの?」
と思うこともある。
「それ、私が考えることなの?」
と思うこともある(笑)。
でも、いろんなことを考えていて、
一つ気づいた。
私は、
起きた出来事をかなり「自分ごと」にしている。
もちろん、
何でも自分が悪いと思っているわけではない。
誰かの対応に問題があることもある。
理不尽なことだってある。
どう考えても、
「それは相手の問題でしょう」
ということもある。
でも、その出来事のせいで、
自分の人生まで誰かに渡したくない。
そう思っているんだと思う。
「誰のせい?」で、自分の人生を終わらせない
誰かに傷つけられたとき、
「あの人のせいだ」
と思うことはある。
実際に、その人のせいであることだってある。
だから、
何でも自分の責任にする必要はない。
嫌なものは嫌だと言っていい。
理不尽なものは理不尽だと言っていい。
傷ついたなら、
「私は傷ついた」
と思っていい。
でも、
そこで自分の人生まで止めてしまいたくない。
相手が悪かった。
環境が悪かった。
運が悪かった。
それが事実だったとしても、
そのあとに、
「じゃあ私はここからどうしたい?」
と考えることはできる。
私は、その部分だけは手放したくない。
他責思考にしないことと、自分を責めることは違う
これは、私にとって結構大切な違いだ。
「自分の人生を生きる」
ということは、
何でも自分の責任にすることではない。
昔の私は、
「私が悪いのかな」
と考えすぎることもあった。
でも今は違う。
相手の問題は、相手の問題。
私の問題は、私の問題。
そこを分ける。
そのうえで、
私が動かせるところについて、
「私はどうしたい?」
と考える。
仕事がうまくいかなかったら、
これからどう働きたいかを考える。
分からないことがあれば、
調べる。
誰かの説明に疑問を持ったら、
確認する。
疲れたら、
休む。
そして、また動けそうになったら動く。
人生には、
自分では選べない出来事がたくさん起こる。
でも、
そのあと自分がどうするのかは、
少しずつ選べる。
人生のハンドルを、自分に戻す
誰かに何かをされたとき。
思い通りにならなかったとき。
失敗したとき。
私は、人生のハンドルをその人や出来事に渡したままにしたくない。
「じゃあ私はどうする?」
と考えた瞬間、
少しだけハンドルが自分のところに戻ってくる。
すぐに前へ進めなくてもいい。
いったん路肩に停まってもいい(笑)。
助けを求めてもいい。
別の道を探してもいい。
Uターンしたっていい。
大事なのは、
自分の人生を誰かに運転させたままにしないこと。
なのかもしれない。
今の自分が、すごく好き
私は今の自分が好きだ。
これは、昔からずっとそうだったわけではない。
綺麗に生きてきたわけでもない。
いっぱい葛藤した。
失敗もした。
傷ついたこともある。
「なんで私はこうなんだろう」
と思ったことだってある。
でも、今の自分が好きだ。
そして今の時間を大切にしたいと思える。
それは、
昔の私がいてくれたから。
昔の私が迷って、
苦しんで、
それでも生きて、
何度も考え直してくれたから、
今の私がいる。
だから昔の自分に、
「もっとちゃんと生きればよかったのに」
とは思わない。
むしろ、
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
と思う。
綺麗に生きられなかったから、見えるものもある
人生って、綺麗には生きられない。
でも最近、
「綺麗」の意味も変わってきた気がする。
何も知らなかった頃に見えていた綺麗さと、
いろんなことを知ったあとに見える綺麗さは、
たぶん違う。
いろんな出来事を経験したからこそ、
誰かの小さな優しさに気づいたり、
安心して過ごせる一日のありがたさが分かったり、自分で選べることがどれほど大切なのかを知ったりする。
知らなかった頃には見えなかったものが、
知ったからこそ見えるようになる。
それもまた、人生が濃くなっていくということなのかもしれない。
娘たちへ
あなたたちも、これからたくさんの出来事に出会うと思う。
楽しいことだけではない。
失敗することもある。
傷つくこともある。
人に腹が立つことも、
どうして自分ばかりと思うことも、
きっとある。
そんなとき、
何でも自分が悪いと思わなくていい。
嫌なものは嫌だと言っていい。
助けてと言っていい。
逃げてもいい。
休んでもいい。
そして少し落ち着いたとき、
もしできたら、
「私はこれからどうしたい?」
と自分に聞いてみてほしい。
すぐに答えが出なくても大丈夫。
何度考え直してもいい。
選び直していい。
失敗してもいい。
人生は、一度選んだ道を最後まで歩かなければならないものじゃない。
ママも、たくさん迷っている
もし、いつかこの記事を読むことがあったら、
知っておいてほしい。
ママも、何でも分かっていたわけじゃない。
たくさん悩んだ。
凹んだ。
泣いたこともある。
失敗もした。
勢いで動いて、
あとから、
「これ大丈夫だったかな」
と不安になったこともある(笑)。
でも、そのたびに考えた。
調べた。
人に聞いた。
一度止まった。
そして、自分なりに選び直してきた。
完璧な人生ではない。
これからだって、たぶん完璧にはならない。
でも今、
私は自分の人生が好きだ。
だから、あなたたちにも、
いつか自分の人生を振り返ったとき、
「全部うまくはいかなかったけど、ちゃんと自分で生きたよ」
と言ってほしい。
誰かのせいで、
自分の人生をなくしてほしくない。
誰かの人生でもなく、
ママのための人生でもなく、
あなた自身の人生を生きてほしい。
傷ついたときに帰ってこられる場所を
私は、あなたたちの人生を代わりに生きることはできない。
失敗しないように、
全部の障害物を取り除くこともできない。
そして、
たぶんそれをしてはいけないんだと思う。
いろんなことを経験して、
自分で考えて、
自分の人生を作ってほしい。
でも、
傷ついたとき。
疲れたとき。
失敗して、
「もう無理」
と思ったとき。
安心して帰ってこられる場所は用意しておきたい。
そこで休んで、
泣いて、
愚痴を言って、
ご飯を食べて、
眠って。
そしてまた、
自分の人生のハンドルを握り直せばいい。
私はそのための場所を、
できるだけ整えておきたいと思っている。
私もまだ、人生の途中
もうすぐ37歳。
でも、私もまだ人生の途中。
これから知らないことにたくさん出会うだろうし、
また失敗もすると思う。
新しい技術も見たい。
まだ知らない世界も知りたい。
できれば健康で長く楽しみたい(笑)。
そして、ずっと先の自分が今の記事を振り返ったとき、
「37歳の私、めちゃくちゃ悩んでるじゃん。
かわいいな」
って笑ってくれたらいい。
私は未来の自分にも、
昔の自分にも、
今の自分にも、
胸を張って言えるようになりたい。
豊満な胸部ではないけれど(笑)。
「これは私の人生だよ」
って。
全部思い通りにはならなかった。
失敗もした。
遠回りもした。
でも、
自分で考えた。
自分で選んだ。
自分で動いた。
だから、
ちゃんと私が生きた人生だった。
そんな確信を、
これからも少しずつ積み重ねていきたい。
そして娘たちにも、
いつか同じように、
「これは私の人生だよ」
と胸を張って言ってほしい。
そのために私は、
自分の人生のハンドルを、これからもできるだけ自分で握っていたいと思う。
