【あのときの僕】ベンチだけがそこに残る
―歩けば、足音が道になる。
山の稜線から入道雲が沸き上がる。
どこまで届くのか。
白が眩しい。
逃れられない暑さに戸惑い、
押しつぶされそうになる。
救いなのは、
小さな風が、
木々を揺らすことだ。
精一杯揺れている。
揺れるのを見るだけでも風を感じる。
人の少ない登山道。
緑に囲まれる。
上を目指す。
急な上り坂。
足が震えている。
ザッ ザッ ザッ。
僕の足音だけが道を作る。
どのくらい歩いただろう。
山道の途中に木々の壁が切れて
目の前に風景が広がる。
少し平らになったところに
古びた木のベンチがある。
大きく息を吐いて
ゆっくりと座る。
風が流れる汗を優しくふき取る。
上に続く山道を見る。
大きくため息をつく。
来た道を見る。
少し胸が熱くなる。
入道雲がますます近い。
その時、
大きな風が吹く。
飛びそうになる帽子を押さえる。
木々が揺れる。
風の音が通り過ぎる。
ゆっくりと立ち上がる。
空を仰ぐ。
入道雲を見つめる。
ゆっくりと
一歩を踏み出す。
ザッ。
ベンチだけがそこに残る。
