全力で走る女と全力で吠える犬

今日は、まず、我が家の事情説明からお付き合いいただきたい。
うちはオートロックのマンションなので、
来訪者は1階のエントランスでインターフォンを鳴らす。
このときの呼び出し音は5回で切れてしまう。
インターフォンの親機はリビングにある。
そして、私は普段、リビングから一番遠いところにある自分の部屋にいる。
だから、インターフォンの音は、私にとって、
① 急いで自室を出て
② 廊下を走り
③ リビングにある親機の受話器をつかむ
という工程の始まりの合図でもあるのだ。
これはそんな家に住んでいる人の話である。
鬼太郎は普段あまり吠えない。
だが、インターフォンが鳴った時だけ豹変する。
それはもう勇ましく吠えまくる。
部屋のドアを閉め切って音楽を聴いていたりすると、呼び出し音が聞こえないときがあるので、結構助かっている。
だから、吠えるたびに褒めておやつをあげていたら、
「これは僕の仕事」と思ったようだ。
気合を入れて、さらに大音量でしつこいほどに吠えてくれるようになった。
おかげで何も聞こえない。
これに加えて、鬼太郎は私が走ると、
「母ちゃん、どした!?」と興奮する。
興奮すると、奴は回る。
ワンワン吠えながら、私の周りをぐるんぐるん回る。
5回で切れてしまうインターフォン。
多分、時間指定の荷物だ。
受け取らなければ、再配達になって余計なお手間を取らせてしまう。
私は必死で走る。
鬼太郎も全力で吠え、回りながらついてくる。
邪魔くさい犬を踏みそうになりながら私は走る。
踏まれそうになりながら、犬は回り、吠える。
4回目のピンポーンで、私は受話器を取る。
……間に合ったのだ。
しかしまだ油断してはいけない。
「ワンワンワンワン……です」
肝心なところにかぶせるように吠える鬼太郎。
そう、奴はまだ働いているのだ。
「すみません、もう一度お願いします」
「ワンワンワンワン……です」
……ダメだ、まったく聞き取れない。
でもまあ、指定の時間だし、宅配業者だろうとロックを解除する。
やる気に満ちた犬は、まだ仕事を続けている。
今度は家のドアで鳴らされるインターフォンに吠える。
一応、覗き穴から確認する。
宅配業者さんだ。
ドアを開け、荷物を受け取る。
リビングに戻ると、やり切った笑顔の犬が私を迎える。
「さあ、褒美をよこしなさい」とその顔が言っている。
報酬をもらうまでが仕事なのだ。
犬の口におやつを放り込みながら思う。
日常って、結構、スリリングよね……と。
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