「ドラゴン・タトゥーの女」について
これは2017年に書いた文章です。
昨日の朝、耐え難いことがあり、
悔しくて眠れなくて、
4時頃には起きていました。
そのまま出勤の7時まですることがないので、
色々考えた末、レンタルしていた、
「ドラゴン・タトゥーの女」を
見ることにしました。
よくできた映画でした。
さすがデビット・フィンチャーと思いました。
やはり無理にテレビドラマを見て、
思考をそれに寄せて行くより、
僕にはこういう表現の方が
合っているなと思いました。
重要な登場人物のリスベットという女性が、
変態野郎に酷い犯され方をするのですが、
リスベットは黙って耐えるのではなく、
ある意味それ以上の仕返しをします。
この映画に影響されたのでしょうか、
僕はそのあと仕事に出て、
5時間後には勤めていた会社を電撃退社しました。
そういう意味では
僕が「ドラゴン・タトゥーの女」に導かれる、
一連のストーリーには何か人知を超えた、
見えない世界の仕組みのようなものを感じます。
そして電撃退社して
早い時間に家に帰ってきた僕は、
DVDに特典映像として付いていた、
デビット・フィンチャー自身が、
映画を再生しながら映画について解説するという、
すごい映像を見ました。
映画の舞台はスウェーデンなのですが、
吹雪の中で登場人物が会話するというシーンで、
人物が会話するカットと、
そのそばにある建物のインサートカットは、
別の日に撮影されており、
カットによって雪の降り方が違うのですが、
「このカットはCGで雪を足して、
カットとカットがつながるように調整している」
とデビット・フィンチャーの説明が入ります。
別のシーンでは登場人物が、
ヘラジカのステーキを食べながら会話するのですが、
「このシーンでは様々にアングルを変えて、
何回も撮影しているので、(役者の)ダニエルは、
合計で14枚くらいステーキを食べてるよ」
と解説が入ります。
リドリー・スコットの「ブラックレイン」に、
松田優作が登場人物の首を
ナイフで切るというシーンがあるのですが、
そのシーンの撮影のリテイクのために、
血しぶきが飛び散る衣装が、
12セット用意されていて、
それを後に松田優作が桃井かおりに、
「ハリウッドすげえぜ、かおり、
首を切るシーンなんて衣装が12着用意されていて、
12回も切ることができるんだぜ」と、
ハリウッド映画の資本力に感心していた、
というインタビューを見たことがあるが、
これがハリウッド映画と日本映画の決定的な違いだと思う。
デビット・フィンチャーの解説を聞いていると、
いかに細部が細かく検討されて、
撮影の準備がなされているかがわかる。
問題のリスベットが犯されるシーンだが、
このシーンも一日かけて撮影された。
気が滅入るような残虐なシーンの撮影が、
一日中続くわけなのだが、
デビット・フィンチャーは
リスベット役のルーニー・マーラに、
特に指示はせず自由にリアクションさせた。
ルーニー・マーラは最初は激しく抵抗するのだが、
途中から動かなくなり、
おとなしく受け入れているようにも見える。
それは変態レイプ野郎にとっては、
相手が嫌がって抵抗することが、
かえって嗜虐心を煽って、
むしろ相手を興奮させて満足させる、
ということを計算に入れ、
あえて無抵抗のリアクションをしている、
というルーニー・マーラの演技プランなんだ、
とデビット・フィンチャーが解説するのだが、
このリアクションによって、
リスベットがこういう体験を何度も乗り越えてきた、
というリスベットのキャラクターづけがなされる、
とデビット・フィンチャーは解釈するのだ。
こういう演技が観客に伝わるかどうかは、
保証されているものではない。
それでも役者が自分なりに解釈して演技して、
このシーンにおいては監督の指示があったわけでもなく、
そしてこの映像が記録されたのだとしたら、
僕は感服して拍手を贈ることしかできない。
と、このような貴重な映画体験を
「ドラゴン・タトゥーの女」は
させてくれているのである。
