#020|「手抜き」は、最高の贅沢。|満開を待つキッチンで、自分を調律する時間。|JITENSHA PICNIC
はじめに/喧騒を脱ぎ、自分を「調律」する
新年度、4月。 街には真新しいスーツや期待が溢れ、どこか急き立てられるような空気感に満ちています。
年度末の怒涛のような一週間を走り抜け、ふと見上げた川沿いの桜は、まだ五分咲き。満開を急ぐ世の中のスピードを横目に、こんな時だからこそ自分の「歩幅」を確かめたくなりました。
スポーツアパレルで立つ、キッチン
今日の私は、エプロンではなく、今すぐ外へ飛び出せるアパレルに身を包んでいます。傍らにはヘルメットと、お気に入りの帆布製鞄。
「この準備が終わったら、即、春の中へ飛び出す」
その高揚感を抱きながら、使い込まれた鋳鉄のホットサンドメーカーを火にかけます。
2023年末に綴った#002の「手抜き」というコンセプト。
2026年の今、この言葉はより深い意味を持って私の中にあります
「手抜き」という名の、能動的な余白
中身は凝ったものである必要はありません。
パンに冷蔵庫にあるものを、ただ挟むだけ。
ワックスペーパーのガサガサという乾いた音を楽しみながら、丁寧に、けれど潔く「手抜き」をする。
デジタルで何でも効率化できる時代だからこそ、あえて完璧を求めない「不完全な自炊」を選択する。
ワックスペーパーでサンドイッチを包むその数分間は、キッチンを飛び出して春へ向かうための、大切な「助走」の時間です。
この「あえて完成を急がない」という余白こそが、今の私にとって最もクリエイティブで贅沢なメンテナンスなのです。
温故知新:五分咲きの桜を愛でる余裕
窓の外には、春の光とともに桜の影が透過するように映り込んでいます。
目的地へ着いてから食べる時間は格別ですが、ジャージ姿で「連れ出す準備」をしているプロセス自体が、もう立派なJITENSHA PICNICの一部。
仕事も、生活も、つい100点満点を求めて疲弊してしまう私たち。
でも、五分咲きの桜のように「未完成」を愛で、手抜きという名の「余白」を自分に許してあげる。その余白があるからこそ、次の坂道を軽やかに登るためのエネルギーが湧いてくるのだと感じます。
今週末のテーマで 何を削ぎ落とし、何を残したのか。 その全容は、「cuego.com」にアーカイブしています。
ぜひ、cuego.comにて、その全容を体験してください。
