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生きてきたかけら。〜何の専門家でもない私が、それでもnoteを書き続ける理由〜

「何の専門家でもない自分が書いていていいのかな?」

noteを始めてから、ずっとその問いが頭にありました。

調べてみたら、こんな一文に出会いました。

noteは「正解を教える場所」だけでなく、「誰かの言葉に救われたい人が読みに来る場所」でもある。

それを読んだ瞬間、霧が晴れた気がした。

ほっとしたというより、「これが私のやりたいことだ」とはっきり見えた感じ。
正解を教えなくていい。このまま書き続けていいんだ、と。

環境のせいで、羽ばたけない人がいる

私が長年あたためていることがあります。

学費が工面できずスキルを身につけられない。だから働ける場所や環境が限られる。結果、理不尽な環境にも我慢するしかない、、、そんな人が、たくさんいるということ。

「悔しかったら自分で働いて、資金を貯めて学べばいい」という意見もあると思います。私も半分はそちら側の気持ちがある。

でも、私も理不尽な扱いを受けたことがあるからこそ、思うんです。

我慢するだけじゃない。羽ばたける場所がある。
そう思えるお手伝いがしたい、と。

負けず嫌いの私に、火をつけた言葉

40代で、働きながらwebデザインの学校に通いました。

保護犬を救いたい。
環境のせいで今の状況にいる人を救いたい。
その想いがあったから頑張れた。

今の自分では誰も救えないとわかっていたから、、、

ある日、上司にこう言われました。
高学歴、10歳以上年下の上司に、、

「専門のことはわからないんだから、表面の言われたことだけやっていたらいいんです」

負けず嫌いの私に、火がついた瞬間でした。
そしてスキルを身につけた私は強くなった。心が。
スキルを身につけたことだけじゃない、そんな環境の中やりぬいた私への態度はわかりやすく変わった。

生きてきたかけらを、拾い集めてみたら

何の専門家でもない。でも、生きてきた経験の中に、誰かのお手伝いができることがたくさんあった。

自分が学んでおけば、人に教えてあげられる。
面接ひとつにしても、見た目は重要。見た目のことで苦手意識がある方に、改善のお手伝いができる。
アパレル企画の経験、webデザインの学び、50代での転職、HSPとして生きてきた日々。
何歳からだって 好きに生きる努力はできる。

生きてきたかけらを拾い集めてみたら、できそうなことがたくさんあった。

今はまだ、形になっていないけれど。必ず形にする。

だから、書いています

何の専門家でもない私が、それでもnoteを書いているのは、正解を教えたいからじゃない。

誰かの言葉に救われたい人に、届けたいから。

「ここがすべてじゃない」
「私にもできるかも」「半歩すすんでみよう」
そう思えるお手伝いがしたいから。

そして私自身、保護犬たちのために役に立てる人間になりたいから。

まだ途中です。でも、書き続けています。

🐟 生きてきたかけらが、誰かの一歩になりますように。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語が、どこかで誰かの小さな一歩になりますように。

『今日のクマさん』
クマさんはふと思いました。自分にできることなんて、たいしたことじゃないかもしれない。でも泳いできた海のこと、波に飲まれた日のこと、それを話したら、隣で泳ぎ始めた小さな魚がいた。「私も泳いでみようと思った」と、その魚は言いました。かけらが、誰かの一歩になっていました。


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