#24シェフの頭の中【人は任されて育つのか?】──“放つ”と“支える”のあいだで
〜現場マネジメント四部作・第1話〜
「任せる」と「放っておく」。
似ているようで、まったく違う。
今日はそんな話をしたいと思います。
こんにちは、Mother Moon Cafe の泉です、
今日は少し、
“人を育てること”について
話をしたいと思います。
華やかなテーマではありません。
むしろ、どちらかといえば地味で、
泥くさい話です。
でも、この「任せる」という行為ほど、
現場を分けるテーマはないと思うんです。
先日、
経営者の中野優作さんの動画を観ました。
「人は、任されることでしか育たない」と。
そう語る彼の言葉に、
正直うなずきながらも、
僕の胸の奥には、
うっすらと違和感が残りました。
なぜなら、
僕は“任せても育たなかった人たち”を
たくさん見てきたからです。
そして、“任せたのに”と
嘆く上司のほとんどは、
任せ方を知らなかっただけなんです。
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▼任せるとは、放つことではなく、
つなぐこと
「任せる」という言葉は便利です。
響きがいい。責任を渡した気になれる。
でも、現場でよく見る“任せる”は、
たいていの場合、“放つ”に近い。
もう少し言えば、「自分から切り離す」
という動作です。
任せるとは、本来“つなぐこと”なんです。
自分の責任を、
相手の中に一部移植するようなもの。
だからこそ、
任せた側が責任を“放して”しまうと、
その仕事は宙ぶらりんになります。
「任せた」と言いながら、
・途中経過を見ない
・何かあっても「それはお前の責任だ」と
突き放す
・成果だけを見て評価する
──そんな上司は多い。
それは、任せたのではなく、逃げたんです。
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▼“任せ方”が育てる
僕は思う。
人は、任されることで育つ。
でもそれは、
任せ方が正しかった場合に限る。
任せ方には3つの技術があると思います。
1. ゴールを見せること。
地図を持たせずに“自走”を
期待してはいけない。
2. 失敗を許すこと。
挑戦の裏に失敗はある。
そこを一緒に引き受ける勇気。
3. 途中で寄り添うこと。
見守るとは、ただ黙っていることではない。
温度の共有だ。
任せるとは、
試すことではなく支えることなんです。
この支え方を間違えると、
人は育つどころか、折れます。
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▼「自走」とは放置の延長ではない
最近よく聞く「自走できるチーム」と
いう言葉。
でも、自走は放置の結果ではありません。
放っておいても、人は動かない。
自走とは、支え合う構造の中で、
結果として動いている状態です。
だから、最初は伴走しなければいけない。
“任せながら寄り添い、
寄り添いながら見届ける。”
このリズムを身につけることが、
本当の意味での
マネジメントだと感じています。
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▼任される側の恐怖を知る
任されるということは、実は怖いことです。
「失敗したらどうしよう」
「信頼を失ったら終わりだ」
──そうした不安を抱えながら、
引き受けてくれている。
だからこそ、任せる側が
“恐怖を想像できる人”でありたい。
任せたあとも、
心のどこかで気にかけている。
その気配を感じるだけで、
人は頑張れるものです。
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▼任せる勇気、見守る責任
任せるとは、勇気を持つこと。
見守るとは、責任を取ること。
この2つは対(つい)なんですよね。
勇気だけでも、
責任だけでも、人は育たない。
マネジメントとは、
その狭間に立ち続けること。
そこにこそ、
上司という仕事の美学があると思います。
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▽結論
人は、任されることで育つ。
でもそれは、任せ方が育てるからだ。
「任せる」という行為の中で、
実は、育てられているのは
僕たち上司の方かもしれません。
任せながら支え、支えながら育つ。
その循環の中にしか、
本当の“現場の強さ”は生まれない。
僕はそう信じています。
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▽追伸
現場を預かる人にしかわからない
“孤独と誇り”。
そんな話を、少しずつ綴っていきます。
この四部作は、理想論ではありません。
現場の泥の中から見えてきた、
“リアルな理想”の話です。
次回、第2話は──
【上司未満、経営者未満】
──板挟みのプロたちへ。
現場の“中間地点”で立ち止まる人たちへ、
少しだけ光を当ててみたいと思います。
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