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今村翔吾「人よ、花よ、」上下巻

 最近刊行された、今村翔吾さんの「人よ、花よ、」上下巻を読んだ。この本は歴史物で、舞台は南北朝時代、楠木正成の子の楠木正行の物語である。
 いや面白かった。めちゃめちゃ面白かった。たいへんに分厚い本の上下巻なのだが、一気に読んでしまった。これくらいのボリュームの本をこんなにも一気に読んだこともないんじゃないだろうか。めくるめく展開から目が離れず、手に汗握りながらあっという間に読み終わった印象である。

 ひとついうと自分の場合は、「楠木正成はどうも自分の先祖らしい」というファクターが乗っかっているのもあるかもしれない。別に正当な嫡流というわけでもないしどの程度信憑性があるのかはわからないが、でも何らかの繋がりはあるのかもなと思ってしまうと、ほかの歴史上の人物は違い、楠木一族にはどうも必要以上に感情移入をしてしまう。太平記でも、楠木正成が寡兵で痛快に勝ち進むところはやっぱり単純にうれしくなるし、逆に後醍醐天皇や坊門清忠に無理を言われるあたりはけっこう本気で頭に来る。最近ではまんがの「逃げ上手の若君」も楠木正成の回はつい力が入って読んでしまった(活躍してくれて何よりである)。

 そしてこの「人よ、花よ、」はまごう方なきその楠木家がメインの話なのである。そんなの面白いに決まっているじゃないか。

 ただ、「楠木正成の子の楠木正行」っていう人はどんな人だったのかというと、人物像が父ほどそんなに一般に知られているわけでもない。自分も、そこまで詳しかったわけでもなく、この本でそれを知ることができるのも楽しみで読んだ。
 そして、読み終わった今。
 なんというかもう満足である。
 楠木正行は、「こうあってほしい」というこちらの思いを軽々と超えていく主人公だった。

 正行がまだ少年時代に、死地に向かう父の正成と別れる場面は太平記でも屈指の名場面、「桜井の別れ」として知られている。
 その時の子がこんなにも立派になって・・。という目線である。
 この本の楠木正行はこちらの想像を遥かに超えて聡明で、豪胆で、主人公だった。うれしい。こういうのないだろうか。とても思い入れのある主人公の息子の世代が活躍するとぐっとくるという。「ドラゴンボール」で悟空の息子の悟飯が覚醒する時とか、やっぱちょっと感動するしなぁ。。

 ただ、別に楠木一族に思い入れなどなくても問題ない。
 この本はとにかく単純にテンポとスピード感がよく、ぐいぐいと読んでいくことができる。

 登場人物の数が多い割にはそれぞれのキャラクターが明確なので全員の姿がなんとなくすぐに思い浮かぶのもすごいところである。その分感情移入もしやすいし、ストーリーの把握がしやすくなっている。
 たぶんだけど、歴史にそんなに詳しくない方でも面白いんじゃないかと思う。
 歴史小説って、大なり小なり歴史の史実を前提としているので時として読む方にある程度の歴史的な知識がある前提で書かれることもあるし、登場人物も名前が難しかったり似ていたりするから、「あれ?」となってページが止まったり最初の方に戻って読み返したりする工程が必要な時があるが、本当にこの本は全体を通してそれがない。そういう意味で没入感が削がれずノーストレスである。

 キャラクター像が明確ということは、頭の中での映像化も非常にしやすいというところも特徴で、主人公たちが家の中にいるところ、愛馬に乗っているところ、戦いのところと全てかなり克明に映画のように場面を思い浮かべながら読むことができる。これが読み手が本の世界に入り込みながらどんどん読み進めるのに一役買っている。文章にとにかく色彩感が豊かで、たぶんだけど文字だけよりもかなり多い情報量が頭に入っているんじゃないかと思う。

 読者目線で言うと章立ての区切り方と終わり方、始まり方が本当に読みやすい。なんというか、大河ドラマでいう1話分の始まりと終わりというか、日を跨いでも継続して読み進めるのが楽な構成だと思う。読み手が集中力と意識、作中の記憶と映像イメージをここまで(ドラマ1話分)は持っていた方が良いが、ここからはまた別のイメージでOK、というのが明確なのだ。読み手にとっては非常に負担が少ないし、各章を読み終わった時の満足感も大きい。

 ただこの小説の肝は、なんといってもたたみかけるストーリー展開である。
 いい意味で次から次へと期待を裏切ってくれるので目が離せず、どんどん続きを読みたくなってしまう。史実に則さないとといけない歴史小説なのに、そんなの忘れて読んでしまって、でも終わってみるとちゃんと歴史的な辻褄はあっている。

 とにかく次から次に引き込まれる本で、ちょっとほんとうにページをめくる時に指が震えながら読んでしまったり、思わず鼻の奥がツンとなったりしながら読んだ。自分が文字を追うスピードがもどかしくて、つい数行先のワードを目で追ってしまったりした。こんなことなかなかない。活字をめぐることの醍醐味を存分に味わえる、いい本だった。


 ちなみに、歴史小説のもう一つの楽しみは、読み終わった後に登場人物について調べることである。読んでいる途中には調べない。単純にネタバレになってしまうからである。正直、「足利尊氏が幕府を開いた」くらいのことは知っていても、歴史上それほど有名でない登場人物のことはもとよりあまり知らないし、有名人であってもたとえばこの本だと敵役として出てくる足利直義と高師直がこの話の後に直接対決する観応の擾乱なんて、どんないきさつで結果どうなったんだっけなどはあんまり正確に覚えていないものである。
 その上で調べてみると、強大な敵であるこの二人もものの数年後には退場してしまって(しかもうち一人は味方になるというある種王道展開)、実は本作のキーパーソンの後村上天皇がその後まあまあ日本史の舞台では活躍するなんていうのも、想像するだけで胸熱展開だ。
 つまり、歴史小説って、いわゆる本のストーリーの後日譚を自分なりにちゃんと作ることができるのが、もうひとつ楽しいところなんじゃないかと思う。

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