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Joni Mitchell と Jackson C. Frank と Sandy Denny を聴いて, 人生を考える, ではなくて, 人生を感じる

Joni Mitchell の Both Sides, Now, 歌詞では I've looked at clouds that way .. で, あの曲が収録されたアルバムのタイトルは Clouds, 「雲」。Jackson C. Frank の Blues Run the Game, この blues は憂鬱, で, blue sky は「青空」, でも人間, シンプルじゃない, 心底 憂鬱な気分に陥ったら, 青空 を見てますます憂鬱になる時だってある, 澄み切った青空を見て悲しくなる時もある, 「人生 舐めんなよ」。だから, 青空を見て少しでも気分が晴れるなら, 大丈夫 だ, 「人生のポケット」脱出 10周年。話が飛んだ, 白鷺が飛んだ。話が飛ぶなら鳥も飛ぶ(話が逆か), 「夕暮れの空を横切って, 鳥たちが皆 飛び去っていく」, "Across the evening sky, all the birds are leaving," from Who Knows Where the Time Goes? by Sandy Denny, 邦題は「時の流れを誰が知る」。いろいろと強引に, 考え過ぎかな(笑)。写真は 3日前の日曜に, カミさんと花見に行った際に撮ったもの。


Sandy Denny 〜 "Who Knows Where the Time Goes?" 歌詞和訳

前説

早逝のイギリス人シンガーソングライターで, 一時期 ブリティッシュ・フォークロック・バンド Fairport Convention のリードシンガーでもあった Sandy Denny, そして彼女がその短い生涯を終える前の最後のステージで最後に歌ったとされる Who Knows Where the Time Goes?(邦題「時の流れを誰が知る」)について詳しくは, 次節にリンクを置く note にて。

なお, 本章の第3節・4節・5節の内容は, 上記 note 第3章第3節・4節・5節からの転載です。

"Who Knows Where the Time Goes?" (Sandy Denny) 歌詞和訳

邦題「時の流れを誰が知る」, 早逝のイギリス人シンガーソングライターで, 一時期 ブリティッシュ・フォークロック・バンド Fairport Convention のリードシンガーでもあった Sandy Denny が, その短い生涯を終える前の最後のステージで最後に歌ったとされる Who Knows Where the Time Goes?, 今日はこの歌の歌詞和訳を中心に置きながら ..

目次はリンクの下

1. わりと「最近」まで たまたま「縁」がなかった, Sandy Denny (Jan 6, 1947 – Apr 21, 1978)

2. Sandy Denny を知った・再認識した きっかけ, Sandy Denny が気になる理由(のひとつ)
 1) Simon & Garfunkel 〜 Jackson C. Frank 〜 Sandy Denny
 2) Judy Collins' "Both Sides, Now"(Joni Mitchell 作詞作曲)のUS盤シングルのB面が "Who Knows Where the Time Goes"(Sandy Denny 作詞作曲)
 3) Sandy Denny が 気になる理由(のひとつ)

3. "Who Knows Where the Time Goes?" by Sandy Denny 〜 歌詞和訳
 1) Sandy Denny が 31年の人生最後のステージで 最後に歌った歌, Who Knows Where the Time Goes?
 2) 邦題は「時の流れを誰が知る」だったようだけど, 歌詞の中の time をどう訳すか

 3) "Who Knows Where the Time Goes?" by Fairport Convention (Sandy Denny, 1969) 〜 歌詞和訳
 4) "Who Knows Where Time Goes?" by Sandy Denny (1968 Version) 〜 歌詞和訳
 5) "Who Knows Where Time Goes?" by Sandy Denny (Home Recording 1967) 〜 歌詞和訳

4. "Who Knows Where the Time Goes" (Sandy Denny) covered by Judy Collins (1968) 〜 歌詞和訳

5. 付録
 1) 「時の流れに」なら
 2) 「時間」, time と フォーク, フォークロック, ロック

"Who Knows Where the Time Goes?" by Fairport Convention (Sandy Denny, 1969) 〜 歌詞和訳

まずは, ブリティッシュ・フォークロックのバンド Fairport Convention のシンガーとして Sandy Denny が歌ったヴァージョン。Sandy のヴォーカルはもちろん, Richard Thompson のギターも素晴らしい。

Who Knows Where the Time Goes? from Fairport Convention's third studio album Unhalfbricking, released in July 1969

英語原詞
https://www.sandydenny.co.uk/lyrics/whoknows.htm

夕暮れの空を横切って, (*1)
鳥たちが皆 飛び去っていく,
だけど なぜ彼らは分かるんだろう,
彼らに去るべき時が来たってことが
冬の暖炉の前で (*2)
私はまだ夢を見ているはず
時間のことなんて何も考えてない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

悲しげな, 人けのない岸辺,
気まぐれな友たちは去っていく,
ああ, だけどそれで分かるよね,
彼らに去る時が来たんだって
でも私はまだここにいるつもり,
去ることなど考えてもいない,
私は 時間をカウントしたりしない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

それに私は一人じゃない,
愛する人がそばにいるのなら,
ずっとそうなんだって分かってる,
いつか去る時が来るまでは,
だから 冬の嵐が来ても,
それから春の鳥たちが戻ってきて,
私は 時の流れを恐れたりしない

だって 誰が分かるの
私の愛がどう育つのかなんて (*3)
誰に分かるの
時間はどこへ行くのかなんて

♫ … ♫ … ♫ …

訳注

*1 evening sky, 「夕空」, 「夕焼け空」, 「夕暮れの空」, 「夕暮れ時の空」, 迷った末に。

*2 fire は何か。Before は時間の「前」なのか, 場所の「前」なのか(両方あり得る単語)。これもいろいろ迷ったけれど。

*3 だって 誰が分かるの, 私の愛がどう育つのかなんて
For who knows, how my love grows?

脱線し(!)「十字路に立って」みる。

"Standing at the crossroads, trying to read the signs to tell me which way I should go to find the answer and all the time I know, plant your love and let it grow" ♫ from Let It Grow included on Eric Clapton's 1974 album 461 Ocean Boulevard 🎶

歌詞和訳は下掲 note リンクの中。

Eric Clapton の "461 Ocean Boulevard" に収録されたこの曲 "Let It Grow" と "Give Me Strength" の 2曲が、筆者が初めて歌詞和訳を試みた歌だった(どっちを先にやったのか憶えていないが同じ日、2001年9月8日)。

というわけで、筆者の趣味シュミ「洋楽」歌詞和訳、文字通り「初心者」の時の和訳歌詞。上手いとはとても言えないが、歌詞和訳の結果というのはけっこうその時の気持ちが大切。当時のまま、そのままで、以下に掲載する。

https://note.com/dailyrock/n/ned3a685ead06 第2章

話が飛んだ, 歌が飛んだ, 鳥が飛んだ, 鳥たちは皆 去っていく,
夕焼け空を横切り, 鳥たちは皆 去っていく,

Across the evening sky, all the birds are leaving .. 無理矢理 話を戻した。

"Who Knows Where the Time Goes?" by Sandy Denny (1968 Version) 〜 歌詞和訳

前節のヴァージョンの歌詞 Verse 1 の最初のライン Across the evening sky, が Across the purple sky と, 歌詞に小さな違いがある(なお, 以下の音源リンク, タイトルに関して the が無いのは単に脱字なのか, 筆者には不詳)。

"purple sky", 紫色の空は, 夕焼け空, 夕暮れ時の空や, あるいは朝焼けの空, 夜明けの空を想起させるフレーズ。

* 1968 Version

紫色の空を横切って,
鳥たちが皆 飛び去っていく,
だけど なぜ彼らは分かるんだろう,
彼らに去るべき時が来たってことが
冬の暖炉の前で
私はまだ夢を見ているはず
時間のことなんて何も考えてない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

悲しげな, 人けのない岸辺,
気まぐれな友たちは去っていく,
ああ, だけどそれで分かるよね,
彼らに去る時が来たんだって
でも私はまだここにいるつもり,
去ることなど考えてもいない,
私は 時間をカウントしたりしない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

それに私は一人じゃない,
愛する人がそばにいるのなら,
ずっとそうなんだって分かってる,
いつか去る時が来るまでは,
だから 冬の嵐が来ても,
それから春の鳥たちが戻ってきて,
私は 時の流れを恐れたりしない

だって 誰が分かるの
私の愛がどう育つのかなんて
誰に分かるの
時間はどこへ行くのかなんて

♫ … ♫ … ♫ …

"Who Knows Where the Time Goes?" by Sandy Denny (Home Recording 1967) 〜 歌詞和訳

前々節のヴァージョンの歌詞 Verse 1 の最初のライン Across the evening sky, が Across the purple sky, そして Verse 1 の最後のライン I have no thought of time. が I do not count the time., 逆に Verse 2 の最後のライン I do not count the time. は I have no thought of time., さらに Verse 3 の最後のライン I have no fear of time. は I don't have fear of time. と, 計4か所で歌詞に違いがある(以下の音源リンク, タイトルに関して the が無いのは単に脱字なのか, 筆者には不詳)。

なお, 前節にも書いたように, "purple sky", 紫色の空は, 夕焼け空, 夕暮れ時の空や, あるいは朝焼けの空, 夜明けの空を想起させるフレーズ。

* Home Recording 1967

紫色の空を横切って,
鳥たちが皆 飛び去っていく,
だけど なぜ彼らは分かるんだろう,
彼らに去るべき時が来たってことが
冬の暖炉の前で
私はまだ夢を見ているはず
私は 時間をカウントしたりしない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

悲しげな, 人けのない岸辺,
気まぐれな友たちは去っていく,
ああ, だけどそれで分かるよね,
彼らに去る時が来たんだって
でも私はまだここにいるつもり,
去ることなど考えてもいない,
時間のことなんて何も考えてない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

それに私は一人じゃない,
愛する人がそばにいるのなら,
ずっとそうなんだって分かってる,
いつか去る時が来るまでは,
だから 冬の嵐が来ても,
それから春の鳥たちが戻ってきて,
私は 時の流れを恐れたりしない

だって 誰が分かるの
私の愛がどう育つのかなんて
誰に分かるの
時間はどこへ行くのかなんて

♫ … ♫ … ♫ …

Jackson C. Frank 〜 "Blues Run the Game" 歌詞和訳

前説

「悲劇」そのものを生きたフォークシンガー Jackson C. Frank, そして彼の生涯唯一のアルバム(セルフタイトル)に収められた曲 Blues Run the Game について詳しくは, 次節にリンクを置く note の第1章および第2章にて。

なお, 本章第3節・4節の内容は, 上記 note 第3章第1節・2節からの転載です。

"Blues Run the Game" (Jackson C. Frank) 歌詞和訳 〜 「悲劇」そのものを生きたフォークシンガーの生涯

Jackson C. Frank は, 1943年3月2日 ニューヨーク州バッファロー市生まれのフォーク・ミュージシャン。リリースしたアルバムは, 1965年7月にロンドンで録音され, Paul Simon(フォークロック風のオーバーダビングによる "The Sound of Silence" が大ヒットして Simon & Garfunkel がブレイクする直前の, 同じくアメリカ人ミュージシャン, あの Paul Simon)がプロデュースしたデビュー・アルバム一枚のみ。結果的には, デビューアルバムが 彼の生涯最後のアルバムになったというわけだ。

11歳の時に 通っていた小学校の火災で当時のガールフレンドを含む15人の同級生が亡くなり, 自身も大火傷により 8か月半にわたる入院生活を余儀なくされる。おそらくはこのことがトラウマとなったことで, 成人してからも重い心の病を抱えることになり, 他にも様々な個人的問題や貧困など大きな苦難に直面し(晩年にはホームレスにもなる), 1999年3月3日に56歳でこの世を去る。Jackson C. Frank は, 「塗炭の苦しみ」を味わう人生, 「筆舌に尽くしがたい」困難を経験する人生を歩んだ人だと言って間違いないだろう。

Blues Run the Game は, そんな Jackson C. Frank が 22歳の時に自らの名を冠してリリースした生涯唯一のアルバム "Jackson C. Frank" に収録された曲である。

目次はリンクの下

1. "Blues Run the Game" by Jackson C. Frank 〜 歌詞和訳
 1) Blues Run the Game 歌詞和訳
 2) Blues Run the Game 収録アルバムは Paul Simon が プロデュース, 同曲は Simon & Garfunkel も カヴァー

2. Jackson C. Frank の 筆舌に尽くしがたい苦難の人生
 1) 忘れられたバッファローの伝説: Jackson C. Frank の物語
 2) 「彼は生涯をあの災の中で生きた」: 「失われた」歌手 Jackson C. Frank の悲劇
 3) Jackson C. Frank, バイオグラフィ(略記)

3. Blues Run the Game を あらためて聴く
 1) "Blues Run the Game" by Jackson C. Frank 〜 歌詞和訳
 2) "Blues Run the Game" by Sandy Denny 〜 歌詞和訳

"Blues Run the Game" by Jackson C. Frank 〜 歌詞和訳

Blues Run the Game, the opening track from the self-titled debut and only studio album by Jackson C. Frank (March 2, 1943 – March 3, 1999), released in December 1965

英語原詞 https://genius.com/Jackson-c-frank-blues-run-the-game-lyrics

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が ついてくるんだ (*1)

ウイスキーを頼んでくれ, ベイビー (*2)
ジンも注文してくれ
俺とルームサービス, ハニー
俺とルームサービス, ベイビー
俺とルームサービスだけで十分だ
ああ, 俺たちは 罪深い人生を生きてるんだ (*3)

酒を飲んでない時は, ベイビー
おまえのことばかり考えてるよ
寝ていない時は, ハニー
眠れない時は, ママ
寝ていない時は
わかるよね, 俺が泣いてるのを見つけるはずさ

他の街へ行ってみよう, ベイビー
他の小さな町でも
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
憂鬱が 俺を追いかけてくるんだ

生きることは賭けさ, ベイビー
愛することも同じようなもんさ
どこで 賭けをしようが
いつ サイコロを振ろうが
どこで 賭けをしようが
憂鬱が 俺を追い詰めるんだ (*4)

明日かもしれないね, ハニー
とにかくいつの日か (*5)
目覚めて年老いた自分に気づくんだ
ずっと年とってるんだ, ママ
年老いて目を覚ますんだよ
それで俺は, もう抗うことをやめるんだ

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が 俺についてくるんだ

….. ♫ ….. ♫ ……

訳注
*1 the blues 「憂鬱」「気のめいり」, ここは音楽の「ブルーズ」よりも「憂鬱」という言葉で。

*2 send out for 「(~を)送ってもらうよう頼む」

*3 living a life of sin 「罪深い人生を生きて(い)る」

一般的な(あるいは宗教的な)意味合いではなく(もしくはそれだけではなく), 自身の経験に根差した表現であるように思われる。

以下, 前節にリンクを掲載した note 第2章「Jackson C. Frank の 筆舌に尽くしがたい苦難の人生」の第2節(「彼は生涯をあの災の中で生きた」: 「失われた」歌手 Jackson C. Frank の悲劇)より転載。

しかし, 苦痛は肉体的なものだけではなかった。火災のなか他の子供たちを助けようとした後で窓から逃れた Jackson C. Frank は, さらに多くの同級生を救えなかったことへの 強い罪悪感を感じていたのだ。それはこれほどの恐ろしい出来事に対する, 驚くべき成熟した反応だと言えるだろう。「彼の頭の中で, 彼は他の子供たちよりずっと大人だったのです」と Damien Aimé Dupont は言う。「しかし, 彼はこのこと全てに対処するための心理的な支援を持ち合わせてはいなかった。そのため, 彼は心の中では, その生涯をあの災の中で生きていたのです。」

以下, 同様に 前節にリンクを掲載した note 第2章第2節(「彼は生涯をあの災の中で生きた」: 「失われた」歌手 Jackson C. Frank の悲劇)より転載。

Jackson C. Frank はまた, あの火災で亡くなったガールフレンドの名に由来する Marlene という頌歌も書いた。ある痛ましいヴァースで彼は自分が生き残ったことへの罪悪感を表現し, 火災の怪我で自分が足を引きずるようになったことを自らへの罰と解釈している。“Though the fire had burned her life out / It left me little more / I am a crippled singer / And it evens up the score”(炎は彼女の命を焼き尽くしたけれど / 私にはほとんど何も残っていなかった / 私は身体が不自由なシンガーだ / それでスコアはイーヴンだ[これで帳尻が合うのさ])と彼は歌ったのだ。

*4 The blues have run the game 「憂鬱が 俺を追い詰めるんだ」
run は「(獲物・犯人などを)追う」「追い詰める」
the game はここでは「賭け」, そしてこのヴァースの冒頭のラインが Living is a gamble だから, それは「人生」「(苦難の人生を)生きること」でもある。そう解釈して「憂鬱が 俺の人生を追い詰めるんだ」「憂鬱が 俺を追い詰めるんだ」と意訳した。

因みに run は やはり他動詞で「経営する」「管理する」「運営する」などの意味にもなるから, 転じて The blues have run the game 「憂鬱が ゲーム(賭け, 人生, 俺)を支配するんだ」という解釈もありだろう。ただ, この歌詞の中の文脈においては, 「支配する」も「追い詰める」も大意としてはそう変わらないと思う。

*5 Someplace down the line 「とにかくいつの日か」
"somewhere down the line" で「いつの頃からか」「いつかある時点で」といった意味。それとほぼ同じ解釈をし, 文脈を踏まえて意訳した。

………. ♫ ………. ♫

"Blues Run the Game" by Sandy Denny 〜 歌詞和訳

因みに,

1965, Jackson C. Frank's single "Blues Run the Game" (Columbia); Denny plays tambourine (uncredited) on the B-side, "Can't Get Away From My Love".

https://en.wikipedia.org/wiki/Sandy_Denny_discography#Guest_appearances

"Can't Get Away From My Love"

早逝のイギリス人シンガーソングライター Sandy Denny (January 6, 1947 – April 21, 1978) は, 一時期 Jackson C. Frank (March 2, 1943 – March 3, 1999) と恋愛関係にあった。後段にリンクを載せる音源は, その時期もしくはその別れの直後ぐらいの時期の録音によるもの, ではないかと想像する。

ところで, 先日, Sandy Denny 作詞作曲 "Who Knows Where the Time Goes?" の歌詞などに関する投稿をした際,

その時には, 自分が経験した "人生のポケット" *1 と呼ぶものを思い浮かべたりもしたのだが(上掲 note 第2章「Sandy Denny を知った・再認識したきっかけ, Sandy Denny が気になる理由(のひとつ)」第3節「Sandy Denny が 気になる理由(のひとつ)」),

しかし Jackson C. Frank の歩んだ人生の方は, その苦難のレベル, 艱難辛苦のスケールが, 想像を遙かに超えていた。

気を取り直して, いや 早逝の Sandy Denny の人生もそうした意味でかなりのものではあるのだが, ともあれ, 今日は最後に, Sandy Denny による Jackson C. Frank 作詞作曲 Blues Run the Game のカヴァーを聴く。

録音は 1966年。
https://diskunion.net/progre/ct/detail/1008883834

上掲 note 第2章「Sandy Denny を知った・再認識したきっかけ, Sandy Denny が気になる理由(のひとつ)」第1節「Simon & Garfunkel 〜 Jackson C. Frank 〜 Sandy Denny」にも載せている。

*歌詞は, オリジナルの歌詞から [Verse 4](Try another city, baby 〜 )が 省略され(割愛され), 他にも一部異なる箇所がある。

Blues Run the Game from Early Home Recordings (by Sandy Denny)

英語原詞
https://www.sandydenny.co.uk/lyrics/bluesrunthegame.htm

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が ついてくるんだ

ウイスキーを頼んでよ, ベイビー
ジンも注文して
私とルームサービス, ハニー
私とルームサービス, ベイブ
私とルームサービスだけで十分ね
私たちは 罪深い人生を生きてるの

酒を飲んでない時は, ベイビー
あなたのことばかり考えてる
寝ていない時は, ハニー
寝ていない時は, ハニー
寝ていない時は
わかるよね, 私が泣いてるのを見つけるはず

明日かもしれないね, ベイビー
とにかくいつの日か
目覚めて年老いた自分に気づくの
ずっと年とってる, ハニー
年老いて目を覚ますの
それで私は, もう抗うことをやめるの

生きることは賭けね, ベイビー
愛することも同じようなもの
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
憂鬱が 私を追い詰めるんだ

船に乗ってイングランドへ行こう, ベイビー
スペインでもいい
どこへ行こうとも
どこにいたとしても, どこに行っても
どこへ行ったって
いつも同じ憂鬱が 私についてくるんだ

….. ♫ ….. ♫ ……

*1 上に書いた通り, 「しかし Jackson C. Frank の歩んだ人生の方は, その苦難のレベル, 艱難辛苦のスケールが, 想像を遙かに超えていた」のではあるが, それでも今日の note も, 覚書のようなつもりで, "人生のポケット" マガジンに収録しておこうと思う。

Joni Mitchell 〜 "Both Sides, Now" 歌詞和訳

"Both Sides Now" Joni Mitchell/Judy Collins 〜 聴き比べながら歌の意味を探る

写真左は Joni Mitchell 作詞作曲の Both Sides, Now が収録された Joni 2作目のアルバム(1969年5月リリース)Clouds のカヴァーから, 右は作者 Joni 本人よりも先にスタジオ録音した Judy Collins のヴァージョン Both Sides Now が収められた Judy 6作目のアルバム(1967年10月リリース)Wildflowers のカヴァーから。今日は Joni と Judy の「青春の光と影」聴き比べ, そしてそれは歌の意味を探ることにもなり .. 歌詞和訳付き!

以下, その他の Joni Mitchell/Judy Collins 関連ノート。

"Both Sides, Now" (Joni Mitchell) 歌詞和訳

"Both Sides Now" (Judy Collins) 歌詞和訳

組曲: 青い眼のジュディ Suite: Judy Blue Eyes (Stephen Stills, CSN) 歌詞和訳

Joni Mitchell と CSN と Judy Collins 〜 Both Sides Now で つなぐ「間柄」

ディランをディスる, ジョニ・ミッチェル 〜 曰く 「ディランは盗作者よ」(LAタイムズ), 本人曰く「それは言ってない」けど, 一方で 「ディランは音楽的にあまり才能がないわね」

今日の第3章第2節, これ, 今日のノートの中では「浮く」ね。いや, ジョニ・ミッチェル の Both Sides, Now の収録アルバムのタイトルは, Clouds なんだよ。雲は 空に「浮く」ね。Both Sides, Now の歌詞の中でも, I've looked at clouds that way, 私はそんなふうに 雲を見てきた。

俺はあんなふうにディランを見てきた。雲や愛や人生の意味はシンプルではないが, ディランについて言えば, 俺はシンプルにディランが嫌いだね。

俺が ボブ・ディランを軽蔑していることと, 今日取り上げるジョニ・ミッチェルのディラン評, 要するに彼女のディランに関する(少なくとも言葉の上では明らかに)ネガティヴなコメントとの間には, 直接的な関係はない。
俺は ディランが嫌いだが, ジョニ・ミッチェルが ディランを嫌いかどうかは知らないし, 彼女自身に12年前の件の言葉でディランをディスったという自覚があるかどうかも知らない。ただ ..

いや, 前口上はその辺にして, ジョニ・ミッチェルのディラン評(2010年および 2013年)に関することは 以下の第1章「前説(俺が ディランを嫌いなのは)」に続く, 第2章 "ジョニ・ミッチェル曰く 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない, ディランは音楽的にあまり才能がないの, 彼は借り物が多いのよ"(長い見出しだね)で, その後の章は 毎度毎度ながら本 note 筆者による「ディディ」(「ディランをディスる」の略)とその付録。

目次はリンクの下

1. 前説(俺が ディランを嫌いなのは)

2. ジョニ・ミッチェル曰く 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない, ディランは音楽的にあまり才能がないの, 彼は借り物が多いのよ
 1) L.A. Times インタヴュー記事におけるジョニ・ミッチェル曰く 「ディランは盗作者よ」が, 当時メディアを騒がせた背景
 2) ジョニ・ミッチェル曰く(CBCインタヴュー) 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない, ディランは音楽的にあまり才能がないの, 彼は借り物が多いのよ
 3) ジョニ・ミッチェル 曰く 「ディランは本物じゃないわ。盗作者だし, 彼に関する全てがごまかし, 偽物なの」 〜 LAタイムズ(インタヴュー), ガーディアン, インディペンデント
 4) ジョニ・ミッチェルが, 2013年のCBCインタビューで語ったディラン評, その要点

3. ここから先は ジョニ・ミッチェルのディラン評とは無関係 〜 俺が ディランを嫌いなのは

 1) ディランのイスラエル支持ソング, その後の反省も後悔も撤回・回収もなく 〜 1982年のイスラエルによるレバノン侵略およびパレスチナ難民虐殺事件の直後の, 恥ずべき イスラエル支持ソング

 2) ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン 〜 共に ユダヤ人ノーベル文学賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん 泥 は ディラン

 3) 「キャンセルカルチャー」とは関係ないぜ, という話
 4) ディラン, 宗教および盗作問題, ほか
 5) ついでに, 朝日新聞も ディスる

4. 番外編: ついでに 「痴の巨人」「知の虚匠」 ユヴァル・ノア・ハラリ も ディスる

5. 好きなジョニ・ミッチェルの曲 〜 嫌いなディランの, 嫌いではない曲(歌詞和訳)
 1) "The Circle Game" and "Both Sides Now" by Joni Mitchell
 2) "All Along the Watchtower" by Jimi Hendrix, and Dave Matthews Band 〜 歌詞和訳
 3) "I Shall Be Released" by the Band, and Jack Johnson 〜 歌詞和訳

"Both Sides, Now" (Joni Mitchell) 歌詞和訳

Both Sides, Now は, Joni Mitchell 2枚目のアルバム, 1969年5月1日リリースの Clouds に収録された, 同アルバム最後の曲。作詞作曲は Joni Mitchell だが, この曲は「青い眼のジュディ」("Suite: Judy Blue Eyes" by Stephen Stills, CSN) こと Judy Collins が 先にスタジオ録音してリリース(1967年10月リリースの彼女の6枚目, 既に6枚目!のアルバム Wildflowers に収録)している。1967年10月, Judy は28歳, Joni はまだ23歳。

1943年11月7日生まれの Joni Mitchell は Both Sides, Now を既に 1966年11月17日ライヴで演奏しており(同日 ラジオ放送でオンエア, エアプレイされている), 遅くとも 23歳になったばかりの頃には同曲を仕上げていたものと思われる(*)。もっとも, 名曲ではあるものの, 歌詞の内容と相俟ってこの歌から感じられる瑞々しさ(愛や人生を語りながらも醸し出される青春の「青さ」「瑞々しさ」)を想えば, 仮に joni がこの曲を十代の頃に書いていたとしてもそれは驚くことではないのだが。

*日本語版ウィキペディアには「1967年3月」に「書き上げた」と記されている一方で, 英語版ウィキペディアには .. This shows that Mitchell wrote the song before the 1967 year of composition cited in .. とある。後者は上記の この音源を根拠にしており, であれば前者(日本語版)の記述は誤りということになるのだが, 矛盾する Joni 本人のインタヴュー記事もあるようで(本人の記憶違いなどもあり得そうだが)諸説あるのが現状かもしれない。

因みに, Both Sides, Now の邦題は「青春の光と影」。この曲が収録された Joni Mitchell のアルバム Clouds の邦題も「青春の光と影」。異なる英語の原題に全く同じ邦題, これじゃ邦題上はいわゆるタイトル・トラック。まぁ Both Sides, Now の歌詞の中で Clouds が "I've looked at clouds from both sides now" と歌われているわけだし, タイトル・トラック扱いはそこまで突飛な感じがするものでもない .. かな。一方でこの邦題そのものは, 1960年代から70年代にかけての外国の歌や映画の邦題として, いかにも, の感あり。ただ, 歌詞の内容など踏まえればそこまで酷い邦題ではない .. かな。何はともあれ, 今日はこの曲の歌詞の和訳を!

目次はリンクの下

1. Both Sides, Now 〜 歌詞和訳

 1) "Both Sides, Now" from Joni Mitchell's 1969 album Clouds, 歌詞和訳
 2) 訳注 および 解説(歌詞解読)
 3) Both Sides Now, リリース前のライヴ音源
 4) "Both Sides Now" from Joni Mitchell's 2000 album Both Sides Now
 5) Clouds 〜 Joni Mitchell's 1969 album

2. Joni Mitchell と CSN と Judy Collins 〜 Both Sides Now

3. 付録 〜 「脱線」 および 個人的「派生」話題
 1) ディランをディスる 〜 ジョニ・ミッチェル曰く「ディランは盗作者よ」(LAタイムズ), 本人曰く「それは言ってない」けど, 一方で 「ディランは音楽的にあまり才能がないわね」

 2) 我が家から歩いていける公園を カミさんと歩きながら, 紅葉・黄葉を鑑賞 〜 コリーヌ・ベイリー・レイ が, ニール・ヤング に答える

4. The Circle Game

"Both Sides, Now" by Joni Mitchell 〜 歌詞和訳

Both Sides, Now from Joni Mitchell's second studio album Clouds, released on May 1, 1969

英語原詞
https://jonimitchell.com/music/song.cfm?id=83 (*9)

天使の髪が 列を為して流氷のよう (*1)
それに 空に浮かぶアイスクリームのお城
そして 至るところに 羽根の峡谷
私はそんなふうに 雲を見てきた

だけど今や, 雲はただ太陽を遮るだけ
みんなの上に 雨や雪を降らせるの
すごくたくさんのことができたはずなのに
雲が 邪魔をするからできないんだ

私は 雲を両側から眺めてきた
上からも下からも, それでもなぜか
私が思い出すのは 雲が描いた幻影だけね
雲のことなんて, 本当には何もわかってない

巡る月と 6月と, 観覧車 (*2)
めまいがするほど踊ってるように感じる
おとぎ話が現実になるたびに
私はそんなふうに 愛を見てきた

だけど今や, 愛はただのショーに過ぎないの
去る時には みんなを笑わせておかなくちゃ
気になるのなら, 彼らには気づかれないようにね
自分をさらけ出したらだめなの (*3)

私は 愛を両側から見てきた
与える側からも 受ける側からも, それでもなぜか (*4)
私が思い出すのは 愛の幻想だけね
愛のことなんて 本当には何もわかってない

涙と恐れと, 誇りを感じること
「愛してる」と声に出して言うことに
夢と計画とサーカスの群衆 (*5)
私はそんなふうに 人生を見てきた

でも今は 旧友たちの振る舞いがおかしくなってる
首を横に振って, 私が変わったって言うの (*6)
確かに何かを失ったわ, でも何かを得たんだ
毎日を生きるなかでね

私は 人生を両側から見てきた
勝つことと負けること, それでもなぜか
思い出すのは 人生の幻影だけ
人生のことなんて, 本当には何もわかってない

私は 人生を両側から見てきた
上からも下からも, それでもなぜか
思い起こすのは 人生の幻影だけ (*7)
生きることの意味なんて, 本当には何もわかってない (*8)

…… ♫ …… ♫ …… ♫

訳注(*1~8)および 解説(歌詞解読)などに関しては, 前節にリンクを掲載した note 第1章第1節・2節, などで。

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