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時の流れを誰が知る 〜 Carpe Diem

時の流れを誰が知る は, 早逝のイギリス人シンガーソングライターで, 一時期 ブリティッシュ・フォークロック・バンド Fairport Convention のリードシンガーでもあった Sandy Denny (Jan 6, 1947 – April 21, 1978) が, その短い生涯を終える前の最後のステージで最後に歌ったとされる Who Knows Where the Time Goes? の邦題。本 note のタイトル上に使った写真は彼女の写真ではありません, 念の為。Sandy はこの人。しつこいリンクだな。

Carpe Diem は, 古代ローマの詩人ホラティウス(ラテン語で Quintus Horatius Flaccus だが, 英語圏では Horace と呼ばれている由, 生まれは紀元前65年12月8日, 他界は紀元前8年11月27日)の詩の中にある言葉。英語では Carpe Diem (Carpe diem) は "seize the day" と訳され, 日本語では「その日を摘め」あるいは「一日(の花)を摘め」などと訳される。自分がこの言葉を初めて耳にした(あるいは目にした, 字幕で!でも字幕は何語?笑)のは, おそらく1990年代のごく初期だったはずだ, Robin Williams (Jul 21, 1951 – Aug 11, 2014) 主演の映画 Dead Poets Society(アメリカで 1989年6月2日公開, 日本では 1990年3月17日公開, 昔!はわりと洋画の公開時期にはこんな感じの開きがあった)を, 劇場公開後のビデオ・レンタル用がリリースされた頃に, カミさんと当時の横浜の自宅アパートで観た時だから(些か細かい話だ, 笑)。映画の邦題は「いまを生きる」。


ここ数ヶ月, 体調が, いや身体の特定の部位の調子が, 著しく, よくなかった

ここ数ヶ月, 体調が芳しくない日が多かった。いや, というとちょっと違う, 全身の症状がとかいうことではなく, 身体の特定の部位におけるほぼ同類のしかしその程度は様々であるような症状が断続的というか間欠的にというか, まぁそんな感じでとにかく繰り返し現われ, 往生した。もちろん「往生」したとか, その種の意味ではなく(その「往生」をしたらもうこれ書いてるはずがない, 笑), 単に打開策がなかなか得られなくて非常に困った, えらく難儀だったという意味で。先々月の下旬には生検(生体検査)までして些かなりとも気を揉むことにもなったが, 結局「悪性ではない」, しかし難治性のものではある(あった)ということが分かり, とりあえずほっとした。ほっとしたものの, 痛みや炎症はその後もしばらく続き, そしてもうしばらくしてからようやく痛みがなくなり, 今現在もう少し(もうしばらくにしておこう, じっくり治すのだ)で完治に至るというところ。

それと, それとは関係なく(ほんと上のこととは関係ないと断言できる), なんというかふと考えるようになったようで, まぁトシもトシなので(還暦は過ぎている), それが「もしかしたら」だけど上のこととも多少は関係あるのかもしれないが(関係ないと断言したのに, 笑), ともあれ, 以前はほぼ考えなかったようなことをふと考えるようになったようで(さっきも書いてるね「ふと考えるようになったようで」), 段落変えよう!

大野雄二氏の訃報をニュースで知った時, 彼の音楽を特段聴いてきたわけではないのだが, 彼が「享年84歳」であった, その「享年」に不意に反応し, え? .. ということは俺だってその年齢にはあと二十年(こういう時はどういうわけか漢数字かな, 知らんけど)切っているわけではないか, と。

まぁそもそも世の中には今の俺の年齢になる前にこの世を去らざるを得なかった人ももちろん少なくはなく, 人は生まれた後, その後, いつでも死ぬ可能性はある。いつ何時(なんどき!)でもその可能性はゼロではない。しかし, こんなことは少し前まではそれほど切実に考えなかったように思うのだ。

で, それからしばらく, 著名人の訃報に接すると, 同類のことがふと頭に浮かんだ。まぁね, そんな懇ろ, いや「ねんごろ」, いや「年頃」なんでしょう。普通は「年頃」, 漢字に妙に拘り「歳頃」, としごろ, さいごろ, サイコロ, サイコロを転がせ, ダイスをころがせ。

いやはや。

時はもう無駄に出来ない 〜 時間の無駄遣いはしたくない

ごく最近, 前章に書いた「健康」系の話とは全く関係なく, 自分の時間を酷く無駄遣いさせられる羽目に遭った。我慢して丁寧に対応したものの, 正直, 些か, いやわりと, ウンザリした .. まぁもう, ほうっておくことだね。

さて, 時は半世紀以上遡り,

ガキの頃, 田舎の我が家に, 3歳年上いまは職業音楽家の兄が買った(そのとき俺は小6, 兄貴は中3だった)色んなレコード会社を横断した廉価で中身は素晴らしい, サンプラー盤の2枚組LPがあった。そのLPで初めて, 

Doobie Brothers の Listen to the Music,

Deep Purple の Black Night,

Van Morrison の Wild Night

などを聴いた。

その素晴らしいサンプラー盤LP には, この曲も収録されていた。

Ain't Wastin' Time No More from the Allman Brothers Band's 1972 album Eat a Peach 🎶

歌詞は ここ。この曲の邦題が「時はもう無駄に出来ない」。曲の背景は, 今日は完全にウィキペディア(和, 英)に任せます。

ではでは。

Carpe Diem

いまを生きる Carpe Diem ー Dead Poets Society

「ブレードランナー」から「2001年宇宙の旅」/ "Echoes" へと巡る旅 〜 〜 経由地は「いまを生きる」「6才のボクが、大人になるまで。」「生きる」「ゴンドラの唄」, "To the Virgins, to Make Much of Time", 途中下車して「ウィンザーの陽気な女房たち」, "Welcome to the Pleasuredome" "Relax", 「アポロの歌」, "If" & "If", 「ツァラトゥストラはこう語った」

「ブレードランナー」 反逆レプリカント, ロイ・バッティの最期の言葉を 紐解く

映画『ブレードランナー』で 警察の専任捜査官 ブレードランナー に追われる, 生物工学・遺伝子工学によって作られたヒューマノイド(人造人間)レプリカント, そのリーダー格 ロイ・バッティ, 最後の最後にブレードランナーの命を救い, その直後, 自らの「生」の最期を迎える ロイ・バッティ, 彼の「最期の言葉」。

下掲 note 第1章「ロイ・バッティ 最期の言葉」より

1:48 ~

"I've seen things you people wouldn't believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched c-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in rain. .. Time to die."

「俺は お前たち人間が信じられないようなものを見てきた。オリオン(*1)の肩口(*2)で 炎上する攻撃艦を見た。タンホイザー門(*3)近くの暗闇で Cビーム(*4)が 煌めく(きらめく)(*5)のも 見た。それらの瞬間の全てが, 雨の中の涙のように, 時の流れのなかで 失われていく(*6)。… 死ぬ時が来た(*7, 8, 9)。」

下掲 note 第1章より, 訳の注釈はその第2章以降

ではでは。

今日の写真

写真家やモデルの名前が分かれば載せるんだけど, 申し訳ない, それぞれに。知らないのです。以前, ネット上でたまたま見つけて, SNSに投稿していた写真, 2枚。

時の流れを誰が知る 〜 "Who Knows Where the Time Goes?" (Sandy Denny) 歌詞和訳

邦題「時の流れを誰が知る」, 早逝のイギリス人シンガーソングライターで, 一時期 ブリティッシュ・フォークロック・バンド Fairport Convention のリードシンガーでもあった Sandy Denny が, その短い生涯を終える前の最後のステージで最後に歌ったとされる Who Knows Where the Time Goes?, 今日はこの歌の歌詞和訳を中心に置きながら ..

下掲 note 前説

まずは, ブリティッシュ・フォークロックのバンド Fairport Convention のシンガーとして Sandy Denny が歌ったヴァージョン。Sandy のヴォーカルはもちろん, Richard Thompson のギターも素晴らしい。

上掲 note 第3章, 他のヴァージョンは note の中で

英語原詞 は, ここ

Who Knows Where the Time Goes? from Fairport Convention's third studio album Unhalfbricking, released in July 1969

夕暮れの空を横切って, (*1)
鳥たちが皆 飛び去っていく,
だけど なぜ彼らは分かるんだろう,
彼らに去るべき時が来たってことが
冬の暖炉の前で (*2)
私はまだ夢を見ているはず
時間のことなんて何も考えてない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

悲しげな, 人けのない岸辺,
気まぐれな友たちは去っていく,
ああ, だけどそれで分かるよね,
彼らに去る時が来たんだって
でも私はまだここにいるつもり,
去ることなど考えてもいない,
私は 時間をカウントしたりしない

だって 誰が分かるの
時間がどこへ行ってしまうのかなんてこと
誰に分かるの?
時間はどこへ行くのかってこと

それに私は一人じゃない,
愛する人がそばにいるのなら,
ずっとそうなんだって分かってる,
いつか去る時が来るまでは,
だから 冬の嵐が来ても,
それから春の鳥たちが戻ってきて,
私は 時の流れを恐れたりしない

だって 誰が分かるの
私の愛がどう育つのかなんて (*3)
誰に分かるの
時間はどこへ行くのかなんて

♫ … ♫ … ♫ …

訳注 は 上掲 note の中で。

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