捨て活航海日誌<番外編>|深夜ラジオにドキドキしたあの日と、いまも耳を傾ける理由
noteで見かけた「#わたしとラジオ」と、ふと蘇る記憶
部屋のモノを減らし、暮らしや心に「余白」をつくるようになってから、情報との付き合い方もずいぶん変わりました。
テレビの画面をじっと見つめ続けることも減り、スマホで流れてくる膨大な情報に追いかけられることも少なくなった今日この頃。そんな私の静かな部屋で、いまも変わらず現役で鳴り続けているメディアがあります。ラジオです。
先日、noteの公式ページで「#わたしとラジオ」というコンテストのバナーを見かけました。
なんだか遠い昔の甘酸っぱい響きのようにも思えますが、私は今でも日常的にラジオをよく聴いています。モノや情報を削ぎ落としていった先に残ったのは、やっぱり「耳から入ってくる、誰かの声」だったのです。
そのバナーをきっかけに、私の記憶はふと、何十年も前の「あの頃の夜」へとタイムスリップしていきました。
日曜日の深夜、カセットテープの「REC」ボタンを押したあの日
ラジオといえば、今でも鮮明に思い出す光景があります。
中学生の頃、大好きなアイドルがパーソナリティを務める深夜番組がありました。放送されていたのは、確か日曜日の深夜。
翌日は月曜日。当然、学校があるので早く寝なければいけません。でも、どうしてもリアルタイムで聴きたい……。中学生だった私にとって、日曜日から月曜日にかけての深夜帯は、葛藤の連続でした。
苦肉の策として編み出したのが、ラジカセの「予約録音」でした。 タイマーをセットし、カセットテープをセットして「REC」と「PLAY」のボタンをカチッと押し込んでおく。そして、翌朝の寝坊を気にしながら渋々布団に入るのです。
月曜日、学校から帰ってくると真っ先にラジカセの前へ向かいました。 テープを巻き戻し、再生ボタンを押す。スピーカーから流れてくるノイズ混じりの声を聞きながら過ごす30分間は、まさに至福の時間でした。
番組の中身も実に魅力的でした。推しのアイドルが番組から出される謎の(?)苦難に体当たりで挑戦するコーナーがあったり、全国のファンから寄せられたハガキを通して交流したり。画面越しでは見えない「素の表情」が垣間見えて、耳を澄ませるだけで心が躍ったものです。
そして、何よりも楽しみにしていたのが新曲の発表でした。
「ラジオでは本日が初公開です!聴いてください♪」
パーソナリティの前振りが流れた瞬間、部屋の空気が跳ね上がるようなドキドキ感がありました。どんな曲なんだろう、どんな衣装で歌うんだろうと、頭の中で妄想がどこまでも広がっていくのです。
いまでも忘れられないエピソードがあります。 ある日の放送でニューアルバムの紹介があり、なんと「全曲のサビを5秒ずつ流します」みたいな企画がありました。
アルバム全曲分を合わせても、たったの1分程度。あっという間に終わってしまう本当にささやかな時間でした。けれど、その「たった5秒」に全神経を集中させて聴いたサビの旋律は、強烈なインプレッションとなって今も記憶に刻まれています。
情報が限られていたからこそ、ひとつの音にこれほどの熱量を傾けられたのかもしれません。不便だったけれど、とても愛おしく、良い時代だったなぁとしみじみ思います。
ハガキからX(旧Twitter)へ ー 様変わりしたラジオの風景
あれから数十年。テクノロジーの進化とともに、ラジオを取り巻く風景も随分と様変わりしました。
最近は番組内で「ハガキ」という言葉を聞くことはほとんどなくなり、「メール」や「X(旧Twitter)」、「インスタ」といった言葉が当たり前のように飛び交っています。
メッセージを書いてポストへ走り出すタイムラグは消え、今はスマホひとつで即座に番組と繋がれる時代です。
けれど、ツールが変わっても、ラジオという空間に流れる「温もり」や「ライブ感」の本質は何も変わっていません。ハガキを投函していたあの頃の私と、SNSで番組をフォローする今の私。メディアとの付き合い方はスマートになりましたが、ラジオから流れる声にワクワクする気持ちはずっと地続きのままです。
休日、部屋に流れる「ちょうどいい距離感」の人の声
変わらないラジオの魅力は、いまの私の日常にもしっくり溶け込んでいます。
特にそれを実感するのが休日の過ごし方です。家で静かに過ごしていると、ふと「人の声」が聴きたくなる瞬間があります。かといってテレビをつけるほどでもない時に、そっとラジオのスイッチを入れます。
音量は上げすぎず、飲食店で近くの席の会話がなんとなく聞こえてくるくらいのささやかなボリューム。空間の邪魔をしない「ちょうどいい距離感」の声が漂うだけで、心がすっと落ち着いていきます。
電波の兼ね合いでFM放送を中心に聴いていますが、地元・コミュニティFMのタウン情報や行政情報も味わい深く、地域とゆるやかにつながる安心感を与えてくれます。モノや情報を手放して部屋のノイズを抑えたからこそ、この穏やかな声が心地よい彩りとなって部屋を満たしてくれるのです。
なぜ動画ではなくラジオなのか?「視覚を奪わない」という豊かな贅沢
スマホを開けば無数のコンテンツが並ぶ動画時代。ですが、動画には「視覚を奪われる=その場に拘束される」という特徴があります。
一方で、ラジオの最大の魅力は「視覚を奪わない=自分の時間を奪わない」ことです。
流しっぱなしにしながら部屋の掃除をしてもいいし、執筆やコーヒータイムを楽しんでもいい。自分の暮らしの手を止めずに、リアルタイムの気配や温もりを届けてくれる。効率やスピードが求められる現代において、ラジオが与えてくれるのは時間の節約ではなく、心と暮らしの「余白(よはく)」なのだと感じます。
カセットテープの「REC」ボタンをカチッと押し込み、5秒のサビに胸を躍らせていたあの日から何十年。
メディアの形や情報はスマートに削ぎ落とされていきましたが、ラジオが届けてくれる人の温もりは、いまも私の部屋で穏やかに響き続けています。自分のペースを守るための大切な相棒として、私はこれからもラジオに耳を傾けていきたいと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたお気持ちは、クリエイターとしての活動費に使わせていただき、より良い記事という形で還元させていただきます。
