捨て活航海日誌|キャッシュレスな私に、現金が教えてくれた「重み」の話
財布の中で「ちょっと場所を取ってる」クオカード
「財布の中で、ずっと場所を取っているな……」
ずっと気になっていた一枚のクオカード。 効率と利便性を優先する今の私にとって、それは少しだけ「ノイズ」のような存在でした。
しかし、それを使い切るために訪れたコンビニのレジで、私は思いがけず「現金」と再会することになります。
キャッシュレス決済では決して味わえない、手のひらに残るあの感覚。 なぜ私は、たった数十円の硬貨にこれほどの重みを感じたのか。
モノを手放し、心に残ったもの。その正体について綴ってみたいと思います。
「いつか」を待ち続けていた一枚
私の財布の隅には、長いこと居座っている「住人」がいました。 以前いただいたまま、使う機会を失っていたクオカードです。
金券という性質上、けっして粗末には扱えません。けれど、普段の支払いをすべてクレジットカードやスマホで済ませてしまう私にとって、それは「便利なお金」というよりは、むしろ「財布の形を少しだけ歪ませる厚み」になっていました。
「場所を取っているな」 財布を開くたびに感じる小さな違和感を解消するため、私は久しぶりにコンビニの自動ドアをくぐりました。
20円の再会
普段はあまり立ち寄らないコンビニ。 クオカードを使い切るという目的のために、棚を眺めます。 選んだのは、大きめのホットコーヒーと、少し懐かしい響きのするクリームパン。
レジに表示された金額は、520円。
手元のクオカードは500円分です。当然、20円が足りません。 店員さんに差額の支払い方法を尋ねると、「差額は現金のみになります」との答えが返ってきました。
「あ、そうですか。わかりました」
少し戸惑いながら、財布の奥に眠っていた小銭入れを開けました。
指先に残る、確かな温度
久しぶりに指先で触れる、硬貨の冷たい質感。 10円玉を二枚、レジのトレイに置いたとき、不思議な感覚に包まれました。
「お金を支払っている」
スマホをかざすだけの決済では、決して感じることのないダイレクトな手応え。 ジャラリという音とともに、自分の所有物が相手へと渡っていく実感。 そこには、デジタルな数字の変動だけでは片付けられない、大切にすべき「重み」が確かに存在していました。
便利さと引き換えに、私はこの「手触り」をどこかに置き忘れてきていたのかもしれません。
「取っていた」という過去形
残高がゼロになったクオカードは、そのまま店員さんに引き取ってもらいました。
店を出て、再び財布を閉じる。 「場所を取っている」という現在進行形のノイズは、こうして「取っていた」という過去形に変わりました。
物理的なモノを手放したスッキリ感以上に、私の心には、あの一瞬の硬貨の重みが心地よく残っています。
効率的な毎日もいいけれど、たまにはこうして、不便さの向こう側にある「大切な感覚」を確かめにいく時間も必要なのかもしれません。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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