#1 推しでもない芸人と繋がりたい
登場人物
美咲(みさき):20歳。大学生。カフェでアルバイト中。昔からモテる方で、自分の顔には少し自信がある。
拓海(たくみ):20歳。美咲の彼氏。同じ大学の同級生で、真面目で優しい平凡な大学生。
里奈(りな):20歳。美咲のバイト先の友達。地下のお笑い芸人に熱烈にハマっている。
シュン:26歳。里奈が推している若手お笑いコンビ「オーバーヒート」のツッコミ担当。
2024年6月12日
今日はバイト先の里奈に誘われて、人生で初めて「お笑いライブ」というものに行った
若手の芸人には「チケットノルマ」という厄介なシステムがあるらしく、里奈はどうしても推しの力になりたくて、私を数合わせとして呼んだのだ
連れて行かれたのは新宿の雑居ビルにある、薄暗くてパイプ椅子が並べられただけの小さな地下劇場
テレビで見るような華やかなお笑い番組とは別世界で、数組の無名芸人たちが今日の順位を争ってバチバチ火花を散らす、独特の空間だった
結果から言うと、里奈が推している「オーバーヒート」は見事に1位を獲得した
「やったぁ!!シュンくん頑張ったね!!」
隣で飛び跳ねて喜ぶ里奈の目は、純粋にお笑いを楽しんでいるファンのそれではなく完全に”男を見る女”の目だった
ライブの後、近くの安い居酒屋で里奈の祝勝会(?)に付き合った
「昔はライブの後に出待ちしてお話しできたのに、今は禁止されちゃってさぁ……差し入れも直接渡せないし、DMでしか話せなくなった…」
ウーロンハイを飲みながら、里奈はずっと愚痴をこぼしている
どうやら彼女は、彼らのネタが好きで応援しているというよりシュンという男に「ガチ恋」をしているらしい
ふーん、そういう世界もあるんだな
私には拓海という彼氏がいる
平凡だけど優しくて、私を一番に愛してくれる人だ
満たされているからこそ、里奈みたいに手の届かないステージの上の男に必死に狂う気持ちは、正直まったく湧かなかった
「こういう人も多いんだろうな」
と、どこか冷めた目で彼女の話を聞いていた
……というのは、あくまで表向きの顔
私は居酒屋のテーブルの下で
こっそりスマホの画面をスクロールしていた
画面に映っているのは
今日1位になったシュンのInstagramアカウント
私は自分の顔がそこそこ可愛いことを自覚している
今までだって、欲しいと思った男は少し隙を見せるだけで向こうから勝手に寄ってきた
ステージに立っているとはいえ
彼らだって売れるために必死なただの若い男だ
出待ちが禁止?
そんなの、馬鹿正直にルールを守っている里奈みたいな量産型のファンだけだ
今日、前から2列目の席に座っていた私とステージ上のシュンは何度も目が合った
あきらかに彼の方から視線を送ってきていたのを、私は見逃していない
チケットノルマがあって集客に必死で、ファンの獲得に飢えている地下芸人
この公式アカウントのDMに今日のライブの感想と「また観に行きたいです」という一言、そして少しだけあざとい自分のアイコン写真を添えて送ったら、彼はどう反応するだろう?
「里奈、大変だね。私も応援してるよ」
私は親身な顔を作って里奈の愚痴に相槌を打ちながら、送信ボタンを押した
彼氏がいるのに、どうしてこんなことをしているのか
ただ、隣で親友が必死に焦がれているものを、私がどれくらい簡単に手に入れられるのか……自分の女としての価値を、少し試してみたいだけだ
里奈と居酒屋で別れた帰りの電車の中
私は早速、行動に移した
インスタを開くと、ちょうどタイミング良くシュンがストーリーを更新していた
『オーディション突破!応援してくれたみんなのおかげです!』
先ほどのライブの結果報告らしい
DMを送る口実としては完璧すぎる
私は「ガチ恋のファン」ではなくあくまで「今日初めて見て純粋に面白かった女の子」という立ち位置を装って、ものすごく丁寧な文章を作った
『初めまして。今日友達に誘われて初めてライブを見に行きました!すごく面白くて一番笑いました。オーディション突破おめでとうございます!また絶対見に行きますね』
媚びるわけでもなくでも好意はしっかり伝わる絶妙なライン
送信してスマホをバッグにしまおうとした
その数十秒後
ブルッと手元が震えた
『初めまして!今日来てくれてたんですね!めっちゃ嬉しいです😭ありがとうございます!』
驚いた。
こんなにあっさりしかも一瞬で返ってくるなんて
里奈は「あんまり認知してもらえない」と嘆いていたけれど、地下芸人って意外とファンからのDMにマメなんだな
それとも私のアイコンの顔が彼の好みだったから即レスしてきたのだろうか…
そこから何度か当たり障りのないメッセージのやり取りが続いた後、彼の方から「フォローリクエスト」が届いた
きた
私は少しだけ口角を上げながら「承認」ボタンを押した
私のアカウントは鍵付きで、フォロワーはリアルの友達だけ
投稿内容も、カフェのご飯や友達との写真など、ごく普通の女子大生のものばかりだ
ただ、1つだけ「仕掛け」がある
大学入学が決まった春休みに行った海外旅行の投稿
複数の写真をアップしているけれど、その9枚目にさりげなく水着姿の写真を忍ばせてあるのだ
過激なものではないけれど、男友達からは「意外とスタイルいいんだな」と割と好評だった1枚
あからさまな自撮りや水着をトップに持ってくるような安い女には見られたくない
でも、ここまで深く見に来てくれた人には、ちゃんと「女」を意識させる
シュンは私の投稿をどこまで遡って見るだろうか
わざわざ鍵垢にフォロリクを送ってくるくらいだから絶対に私の顔やプライベートに興味を持っているはずだ
果たしてあの9枚目までたどり着くかな……と
ゲーム感覚で面白がりながら眠りについた
そして今朝
彼氏の拓海からの『おはよう!今日もバイト頑張ってね』という平和なLINEの通知の下にもう1つ通知が来ていた
『シュンさんがあなたの投稿に「いいね!」しました』
通知の先はもちろんあの海外旅行の投稿だった
ご丁寧に一番最近の投稿ではなく
わざわざ1年前の投稿まで遡ってピンポイントであの写真が含まれた投稿に「いいね」を押してきたのだ
彼が夜中のベッドの中で、私の過去の投稿を漁って、あの水着写真のところで指を止めた姿が容易に想像できる
「……男って本当に分かりやすい」
この瞬間、私は確信した
いける。
里奈の「手の届かない推し」は私なら簡単に落とせる
平凡だけど優しい彼氏からのLINEを見つめながら、私は新しいおもちゃを見つけたようなゾクゾクするような高揚感に包まれていた
2話に続く
