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波の音|掌編小説 #シロクマ文芸部 

波の音に自分の声がかき消された。届いたかな?
前を歩く家族連れはずいぶん先に進んでる。
大丈夫。誰も聞いてない。もう少し大きな声で
海の上の満月に、一歩進んで、もう一歩…
足が濡れたけどいいや、大きく息を吸って

「あ〜き〜!どしたの?海に入るの?」大きな声に振り向くと
三花みつかちゃんと旦那さんが居た。私一番後ろを歩いてたのに何で⁉︎
本当に驚いた。
「先に行ってるよ。皆んなは僕が見てるから大丈夫」
言葉が出てこない私に吾郎君が微笑んで歩いて行った。

「あの…何か聞こえた?」
「何も聞こえてないよ。海に入っていきそうだったから慌てて
声かけた。何してたの?」
何て説明して良いか分からなくてパニクってると、三花ちゃんは
目を細めてじっと見つめる。
「あーっ、ばあちゃんに思い出もらったんだね。そっか亜希もか」
「何それ、何ももらってないよ」
「でも、ばあちゃんと話したんだよね」私の目を覗き込むと手を
繋いできた。これはちゃんと話すまで離れてくれないやつだ。

 私の住む海辺の町は綺麗な砂浜の海と田んぼがある。買い物も
便利で若い人が多いからイベントがたくさんある。大好きな町だ。
 稔叔父さんの民宿「テラス」は、毎年夏に馴染みのお客さんが来て
私達家族も皆んなで手伝う。お兄ちゃんと私は小さい頃からお客さんに
囲まれて親戚みたいに仲良くなった。三花ちゃんもその一人だ。

「今朝、テラスで水撒きしてたら周に会ってね」
「亜紀と同い年のおっとりした男の子?今日来たんだ」
「何か、カッコ良くなってた。背が高くて大きな肩で大人みたいな
声だった。ドキドキして隠れたんだよね。去年と違ってた…」
手を繋いだまま顔をあげられない。
「周君、中学生だよね。好きになったの?」
「それが… その後友達のそうちゃんを見かけたら、やっぱり手も腕も
大きくて汗が光るのをじっと見ちゃって、またドキドキした…」
「ふうん、ドキッとするのはよくある事だと思うけど。それが何で
月に吠えることになるの?」
「吠えてないよ。約束しようと思ったの」


 午後にテラスに戻るとばあちゃんが日陰に座ってた。
「これ、私が作ったんだよ」
冷たいお茶をお盆に乗せて隣に座る。ここから海は見えるけど
波の音は聞こえない。風が吹いて気持ちいい。

 誰もが『ばあちゃん』と呼んで大事にするけど、本当はどの
お客さんの家族でもない。ばあちゃんは不思議な人だ。ぼーっと
海を見てると
「亜紀ちゃん、何か困ってるの」
ばあちゃんが心配そうに聞いた。恥ずかしくて小声になる。
「困ってないけどちょっとビビってる。自分が誰でもすぐ好きに
なったら怖いと思う」
 ポカンとしたばあちゃんの顔がおかしくて、今朝のことを素直に
話せた。ばあちゃんは耳を寄せて聞いてから
「人を好きになる準備ができたのね。好きな人を見つけたい時は
誰だってドキドキするよ。おかしくない」と言った。
「周が好きかも知れないけど、そうちゃんは兄弟と同じなのに
見ちゃうんだよ」情けない声が出た。
「見るくらい良いじゃない。お友達に話してみたら」
「こんなの恋バナじゃない。楽しくないのに話せないよ」
 ばあちゃんは私の両手を取って小さい子供に『大きくなったね』
って言うみたいに軽く揺すった。
「好きな人は亜紀ちゃんが決めればいい。一緒に居たい大切な人。
2人で居ると一番好きな自分で居られる人。ちゃんと分かるから。
それでも不安なら自分で決めるって言えばいいの」
(でも私好きな人欲しいとか思ってないよ…)
「そんな分からないこと誰に言うの?」
「誰でも良いのよ。お友達でもお母さんでも鏡にでも。太陽や月でも。
自分との約束ごと聞いてもらえれば」
ばあちゃんの話が変な方向に展開して、何だかどうでも良くなった。


 夜になって夜釣りの船が出た。父さんも周も乗ってる。見送りに来た
お客さん達が「月を見ながら波打ち際を歩きたい」って言うから誰も
はぐれないように一番後ろを歩いた。本当に大きな月だったから
ふざけて呟いてみた。
「私は自分で好きな人を決めるよ。楽しくなる人がいい」恥ずかしさが
解けて『彼氏ができたら』が本当に起こっても良いような気がした。


 三花ちゃんがやっと私の手を離して気持ちよさそうに伸びをした。
「思い出話じゃなかったね。私が吾郎君のこと話した時は、ばあちゃん
外人の彼氏との昔の恋バナをしたんだよ」と早足で歩き出した。
「何それ。コワイんだけど」柔らかい砂の上を追いかけた。

小牧幸助さん主催のシロクマ文芸部さんに参加させて頂きました💐
遅くなりました。いつもお題をありがとうございます。

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