営業には、“世界が止まる駐車場”がある|雨の日の営業車の話
MOON side episode No.13
雨の日のコインパーキングは、
外の世界から少し切り離される場所だった。
外は、
ビル街が消えるくらいの大雨。
「バチバチバチ」
雨粒が、
白い社用車のフロントガラスを叩き続けている。
ワイパーを動かしても、
景色はすぐ白く滲んだ。
テールランプだけが、
ぼんやり赤く揺れている。
コンビニで買ったホットコーヒーを、
紙カップのままホルダーへ置く。
少しひんやりした車内に、
コーヒーの湯気だけがゆっくり広がっていく。
雨の音が強すぎて、
車内の小さな音は全部かき消される。
ハンドルに軽く手を置いたまま、
フロントガラス越しに、
ぼやけた街をしばらく眺める。
その時間が、
妙に落ち着いた。
ノートPCを開く。
顧客情報。
見積。
提案資料。
助手席には、
開いたファイルとペンが無造作に置かれている。
画面を見ながら、
今日の商談の流れを頭の中で整理していく。
勝利条件は何か。
最低限の着地はどこか。
崩れた場合に、
何を持ち帰るか。
そして何より、
“この提案は悪くない”
を、
相手にどう伝えるか。
その先の次の打ち手まで、
頭の中で何度も並べ直していく。
静かなシミュレーションだった。
商談が、
二回目の本番になるように
詳細まで想像を張り巡らす。
雨の日の車内は、
妙に集中できる。
外の世界が、
まるで止まっているみたいだった。
ホットコーヒーを飲む。
少し冷えた身体に、
熱がゆっくり落ちていく。
気がつけば
さっきまで強かった雨が、
少しだけ小さくなっていた。
フロントガラスの向こうに、
ぼんやり街の色が戻り始める。
時計を見る。
そろそろ時間だった。
ノートPCを閉じる。
紙カップの最後の一口を飲み干し、
小さく息を吐く。
ドアを開けると、
湿った雨の匂いと、
少し冷たい風が静かに流れ込んできた。
濡れたアスファルトを踏みながら、
私はゆっくり商談先のビルへ向かった。
雨は、
もう少しだけ弱くなっていた。
了
🌙初めてMOONへ来られた方へ
▶︎「MOON|違和感の記録」の観測ガイドです。
どこから読むか迷ったら、
まずはこちらからどうぞ。
#創作大賞2026
#エッセイ部門
#MOONsideepisode
#ProjectMOON
#営業
#コインパーキング
#雨の日
#働く人
