“ふたりでひとり”から、“ひとりの自分”になるまで
今回はnoteの番外編として、双子の長男として育った自分のこれまでを記してみたいと思います。
普段は仕事やマーケティングの話を書くことが多いのですが、「自分の原点」を一度振り返ることで、何か伝えられることがあるかもしれない、そう思いました。
他の人にはなかなか説明しづらい「双子であること」や、「兄」であることへの意識。
誰かとずっと並んで育つことの意味、そしてひとりの人間として輪郭を持つようになった過程を、静かに綴ります。
1.双子であるという日常
生まれた瞬間から「自分ひとりではない」感覚の中で育つ。
物心がついたときから、常に隣に“もうひとりの自分”がいる感覚でした。
服もほぼ同じ、持ち物もお揃い。
まわりの人からは「双子ちゃん」とひとくくりにされ、個として名前を呼ばれる機会は少なかったように思います。
喜びも怒られることも、いつも“ふたりで”共有するもので、自分ひとりの感情や行動がどこか曖昧になることが、当たり前のようにありました。
2.他の子との“ちがい”に気づき始めた頃
「比べる」ことが無意識に続いていた日々。
小学生になると、他の友達が“自分だけ”として存在していることに対し、私は「常に比較される立場」にあることに気づき始めました。
テストの点数、運動会の順位、発表の仕方まで、どこかで「どっちが上手か」という視線が存在していたように思います。
誰が悪かったかではなく、「どっちが悪かったか」という判断軸に置かれ続ける中で、“競争心”と“諦め”が同時に育っていったような不思議な感覚が残っています。
3.大人になるにつれ、ようやく見えてきた“自分”
ふたりの関係から、一人の自立へ。
中学・高校と進むにつれて、少しずつ「自分は自分である」という認識が強くなっていきました。
進学や進路の選択肢が違い始めたことで、初めて「比較対象ではなく、自分で決める」という体験ができた気がします。
今では双子ということを特別に意識する機会は減りましたが、「並走しながらも、自分のペースで走ること」を早くから学べたのは、双子の兄として育った自分の強みかもしれません。
“自分だけ”で評価されたときの喜びや、“兄としての自負”のようなものが、今の私のベースを作っています。
【まとめ】“ふたり”の中で育ったからこそ見えた、“ひとり”としての自分のかたち
双子で生まれたということは、「最初から誰かと一緒に生きる」ことが当たり前のスタートでした。
自分の意見、自分の感情、自分の価値観、その“自分”が育っていく過程は、決してひとりではなく、隣にいるもうひとりの存在との関係の中で培われたものです。
兄であることに責任を感じたことも、劣等感を覚えたこともありました。
けれど、そのすべてが“自分という個”を理解するための道のりだったと、今は思えます。
誰かと比べられることを通じて、逆に「自分らしさ」に気づけた。
そう思えるようになった今だからこそ、こうして言葉にして残しておきたいと感じました。
自己紹介|ともだち(@dachi_note)
いつもお読みいただきありがとうございます。
noteでは、現場での試行錯誤や実践ノウハウを発信しています。
「誰かひとりに届けばいい」——そんな思いで書いています。
少しだけ、私のことをご紹介させてください。
スタートアップ・ベンチャー企業を中心に、広告・SEO・展示会・ナーチャリングなどの施策を支援するマーケティングコンサルタントとして活動しています。
これまでに、大手企業向けのWeb解析コンサルティングを50社以上担当し、データに基づく導線設計やサイト構成の最適化、ターゲット選定と戦略立案を得意としています。
また、インサイドセールスのシナリオ設計から施策実行までを一貫して支援。市場調査・競合分析・SEO対策・サイト改善まで、幅広い領域で伴走しています。
📩 ご相談・お仕事の依頼は DM からどうぞ。
内容により対応できない場合もございますが、「お力になれるかも」と感じた方には、追ってご連絡させていただきます。
