あの夏の日、私は猫の一撃をくらった
⚠️筆者は今でも猫が大好きです。昔、猫カフェでボランティアをさせていただいたことがあります。お世話になった猫カフェも素敵なお店で、スタッフの皆さんも本当に良い方ばかりでした。これは、その中で起きた一つの笑い話です。
あの日は、記憶に焼きつくほど暑い夏の日だった。
まさか、その日の出来事まで記憶に焼きつくとは、このときの私は知る由もなかった。
時計の針をほんの少しだけ巻き戻そう。
事件の前夜、私は昔からよく通っていた行きつけの喫茶店にいた。
窓側の特等席から、夜空を彩る花火を眺めながら、珈琲を片手に
「あぁ、夏って最高だな。明日からのボランティアも頑張ろう」
そんなことを思いながら、穏やかな時間を過ごしていた。
まさか翌日、全く別ベクトルの「ド〜ン(物理)」が頭上から降ってくるとは夢にも思わずに。
猫カフェとは「癒やしの空間」です。
しかし、私は知っている。
あそこは時に、仁義なき戦場へと変貌することを。
ある日の作業中、私は黙々と床を拭いていました。
床を拭き終え、立ち上がろうとした、その瞬間だった。
頭上から「ヒュッ」という嫌な風切り音が聞こえた次の瞬間!
バシィィン!
頭頂部に、とんでもない衝撃が走った。
「いっっっっっっった!」
何が起きたのか分からず見上げると、
キャットタワーの最上段には大柄な猫が一匹。
こちらを見下ろしながら、
「文句ある?」
と言わんばかりの顔をしている。
しかも、前足は見事なフォロースルー。
あれは事故じゃない。
完全に故意だ。
プロのパンチだった。
しかも迷いがない。
あれはもう猫パンチではない。
右ストレートだった。
私は痛む頭を押さえながら、慌てて周囲を見回した。
「見ました!?今の完全に暴行ですよね!?」
証人が欲しかった。
しかし、
誰もいない。
スタッフは全員バックヤード。
お客さんもいない。
他の猫たちは全員、
「知らないですね。」
と言わんばかりに視線をそらした。
誰一匹として証言しない。
猫社会の「沈黙の掟」である。
証拠なし。
目撃者なし。
被害者の証言のみ。
……裁判なら、まず負ける。
猫社会の結束力、恐るべし。
完全犯罪である。
しかも犯猫は、何事もなかったかのように毛づくろいまで始めた。
現行犯なのに、この余裕である。
反省の色は、一切ない。
その後、作業は無事終了。
ボランティアのお礼として、スタッフみんなで食事をいただくことになった。
「今日も癒やされましたね〜。」
「やっぱり猫って最高ですよね!」
楽しそうに笑う皆さん。
私だけ、
「今日も癒やされましたね」
という言葉に、どうしても頷けなかった。
私が提出したかったのは、
アンケートではなく被害届である。
その輪の中で私は、
まだジンジンと痛む頭をそっと押さえていた。
(……みんな精神的に癒やされたらしいけど、私は物理的ダメージを負ってるんだよな。)
誰にも信じてもらえない武闘派猫との一戦。
お礼のご飯は本当に美味しかった。
それなのに、一口食べるたび、
頭の中では
「バシィィン!」
という効果音だけが何度もリピート再生されるのだった。
あの日学んだ。
猫カフェで一番危険な場所は、
キャットタワーの真下である。
もし、もう一度ボランティアをするなら、
持参するのは猫じゃらしではない。
ヘルメットである。
そして、夏になるたび思い出す。
花火の「ド〜ン」より先に思い浮かぶのは、猫パンチの「ド〜ン」である。


