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第27話|夕焼けの絵日記

夏休み最後の夜。

町には昼間の暑さが少しだけ残り、窓を開けると涼しい風が静かに部屋へ流れ込んでいた。

机の上には、宿題の山。

その一番上に置かれているのは、最後まで残してしまった絵日記だった。

小学五年生の優斗は、鉛筆を握りながら大きく息をつく。

今年の夏は、本当にいろいろなことがあった。

海へ行った日。

虫取りをした夕方。

祭りの金魚すくい。

夕立のあとに現れた虹。

どれを書こうか迷った末に、一番楽しかった祭りの一日を描くことにした。

提灯。

浴衣。

ラムネ。

花火。

色鉛筆を重ねるたび、あの日の笑い声まで紙の上によみがえってくるようだった。

最後に日付を書き終えると、窓の外ではヒグラシの声が静かに遠ざかっていった。

夏が、一枚の紙の中へそっとしまわれた気がした。


翌朝。

いつもより少し早く目が覚めた優斗は、もう一度だけ絵日記を見返そうと机へ向かった。

表紙を開く。

昨日描いたページは、そのまま残っている。

けれど、一番最後のページだけが、そっと開いていた。

そこには、見覚えのない絵が描かれていた。

夕焼けに染まる町。

長く伸びる影。

小さな時計台。

古いバス停。

海へ続く坂道。

風鈴の音が聞こえてきそうな縁側。

そして、夕焼けへ向かって歩いていく一人の子どもの後ろ姿。

優斗は息をのんだ。

昨日、このページは白紙だったはずだ。

誰が描いたのだろう。

不思議なのは、その絵のどこにも人の顔が描かれていないことだった。

それなのに、見ているだけで胸が温かくなる。

懐かしい。

そんな言葉だけでは足りない何かが、その一枚には静かに息づいていた。


優斗は絵日記を抱えたまま、町を歩いた。

時計台の前を通る。

商店街を抜ける。

海へ続く坂道へ足を運ぶ。

絵に描かれていた景色は、どれも確かにこの町にある。

けれど、同じ景色なのに、昨日までとは少しだけ違って見えた。

夕焼けは、毎日同じように空を染めている。

それでも、昨日の夕焼けは二度と戻らない。

思い出とは、その一度きりの光を心へ映しておくことなのだと、町全体が静かに教えてくれているようだった。

風が吹く。

街路樹の葉が揺れ、小さな葉が一枚だけ足元へ舞い落ちる。

優斗はそれを拾い上げ、絵日記の最後のページへそっと挟んだ。

文字には書けない。

絵にも描ききれない。

それでも、この葉っぱなら、今年の夏を覚えていてくれる気がした。


学校へ向かう時間になった。

ランドセルを背負い、玄関を出る。

振り返ると、自分の部屋の窓が朝日に照らされている。

机の上には閉じられた絵日記。

その最後のページが、風もないのに一枚だけ、ふわりと揺れた。

優斗は小さく笑った。

もう夏は終わった。

けれど、思い出は終わらない。

ページを閉じても、心の中ではいつでも開くことができる。

それが本当の絵日記なのだろう。


あとがき

子どもの頃の絵日記は、宿題でありながら、小さな時間の宝箱でもありました。

何を描いたかよりも、「どんな気持ちで描いたか」が、何年もあとになって思い出になります。

写真は景色を残します。

けれど絵は、その日の空気や匂い、心の温度まで残してくれます。

だからこそ、大人になっても心のどこかに、一冊だけ「夏の絵日記」を持ち続けているのかもしれません。

次回予告

第28話|夕焼け郵便局

夏の終わりだけ届く、差出人のない手紙。

その封筒には、まだ知らない「来年の夏」への約束が書かれていました。

次回も、夕暮れの帰り道でお会いしましょう。

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